社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」
今回は東京工業大学環境・社会理工学院専門職学位課程を卒業された齊藤駿さんです。
化学メーカーで創薬研究に従事する中で、研究の成果を社会に実装することの難しさに直面した齊藤さん。その課題を解決するために、大学院へと進みました。
大学院ではたくさんのよき仲間に恵まれながら、たくさんの学びを得たそうです。
金沢大学大学院修了後 (薬学)、化学メーカー、創薬ベンチャーにて創薬研究に従事。その中で、祖父との死別経験から薬以外のソリューションのヘルスケア応用の可能性に気づき、VR旅行などを手がけるベンチャーに転職。善い看取りとそのための技術支援の探求を目的に社会科学系の大学院に進学。定性的アプローチを中心に研究をまとめあげ、2022年度年間最優秀賞を受賞し自信がついたのが大学院進学一番の収穫。
卒業・修了した大学・大学院:東京工業大学環境・社会理工学院技術経営専門職学位課程
入学年月(年齢):2021年4月(30)
修了年月(年齢):2023年3月(32)
●「人の役に立つ仕事がしたい」金沢大学の薬学部へ
—————まずはご経歴からお聞きしたいと思います。東京工業大学環境・社会理工学院に入学するまでの簡単な経緯を教えてください。
高校を卒業後、一年浪人して金沢大学の薬学部に入りました。
薬学部を志したのは、父親の「人の役に立つ仕事をしなさい」という言葉がきっかけです。当時、人の役に立つ仕事としてイメージしたのは医療で、一つのことに熱中するタイプでもあったので薬の研究とか面白そうかも...?みたいなことを考えていました。
父はめちゃくちゃ尊敬できる父親ってわけでもないんですが、大事な場面ではちゃんと良いことを言ってくれる人でした。
地元は仙台ですが、ご縁があって金沢大学の薬学部に入りました。
—————お父さんの言葉を指針に金沢大学薬学部に合格し、単身金沢に渡ったわけですね。学部卒業後はどのような進路を取ったのですか?
そのまま金沢大学の大学院に進みました。
—————大学院に進んだのは、何か思うところがあったのですか?
いえ。正直に言うとノリです。薬学部の仲間で4年で就活する人なんていないし、周りのみんなも行くし自分も行く、という感じで決めました。先輩たちもみんなそうしていたし。
研究職になりたいという気持ちは入学前よりは強くなっていました。修士まで取らないと研究職にはなれないよっていう噂もあったので、とりあえず進もうという感じで、あまり深く考えずに修士まで進みました。
—————理系だとわりとあるあるですよね。みんな修士行くから自分も行く、みたいな。
●セオリーの製薬企業ではなく、化学メーカーへ就職
—————修士まで取ったあと、どちらに就職されたのですか?
日産化学株式会社という化学メーカーに就職しました。人が使う医薬品だけではなく、農薬や、ディスプレイなどの電子材料系も扱っているので事業が多角化していて、そういったところが薬一本の製薬企業とは違って面白く感じました。
最初は製薬企業に就職したいと思っていたいんですが、製薬企業だと専門性で業務が細分化されているところが多いよという話を先輩から聞いていて、それでは面白くないなと思いました。
適材適所でその人の専門性があてがわれるので、自分がやりたいと思ったことを自由にやれる雰囲気じゃなく、上から言われたことをただやるっていうように感じたんですよね。
私は自分が考えたことを新規事業のような形でプロジェクト化して、全体を見渡しながら進めていくということがやりたかったんです。それだったら、事業が多角化している企業の方がいいなと思いました。
多角化しているということは多様な知識を融合させる場面があって面白そうだなと。
自分の中にはもともとベンチャー気質のようなところがあります。日産化学はそのような人を歓迎すると言ってくれていたので、決め手になりました。
製薬企業にも行けるのに行かないというのは普通の選択じゃないので、周りからは馬鹿だと言われました(笑)。
—————イレギュラーな選択なんですね。あまり一般的じゃないというか……。
マイノリティだと思います。
私は会社の中で歯車みたいに働くというのが嫌だったんです。
上から言われたことをそのままやる仕事、クリエイティブではない仕事は、たとえ自分の専門性に繋がっているとしても、面白くないように感じてしまうんですよね。
—————そこからしばらく日産化学で働いていたのですか?
日産化学では新規事業とかやりたいことをいろいろやらせてもらっていました。
しかし3年目くらいで、あるあるだと思いますが新規事業を進めていく上での会社特有のお作法みたいなものにぶち当たってしまって。提案を進めるために組織の中で色々根回ししなきゃいけないこととか、あるじゃないですか。つまりサイエンスとして正しいだけではビジネスにならないという壁に直面して。
どうしても僕はそういったことが受け入れられなくて、やるせなさまで感じてしまって。
この頃から起業しようかなとかなんとなく思って、東京都主催のアントレプレナー関連の講座に参加するなどしていました。
その中で株式会社シアンの代表と出会い、業務委託の形で認知症患者向けのVR旅行サービスの研究計画やプロジェクトマネジメントを担当させてもらいました。
その後日産化学を退社して、Axcelead Drug Discovery Partners株式会社に入社しました。創薬CROとして、ビジネス面も意識しながら創薬研究に従事していました。研究所にこもって研究をしているだけでなく顧客接点を持つことができた経験は自分にとっては大きなものでした。
2022年10月にAxceleadを退社し、株式会社シアンにて研究戦略責任者に任命され、現在は会社の経営から新規事業開発まで担当しています。それに加えて株式会社A-Co-Laboで研究知のシェアリングサービスに業務委託で参加もしています。
—————様々な仕事を経験されてきたのですね。どのようなことがきっかけで大学院に進まれたのですか?
社会に出てから研究の仕事をしていましたが、研究成果を社会実装することが難しいなと思うようになり、どのようにすればイノベーションを達成することができるかを学びたいと考えたんです。
このまま会社にいるだけだと、社会実装できるようなスキルが身につかない。そのためには会社以外のところで学ぶ必要がある、と。
—————社会実装するスキルを身につける手段として、大学院で学ぶことを最初から想定されていたんですか?
いえ、MBAとかの存在は知っていましたが、自分の抱えていた、社会実装するために研究成果をうまいことマネジメントできない、という課題を解決するための手段として大学院があるというのは知りませんでした。
大学院がいいかもなと思ったのは、製薬業界の友人がきっかけです。Twitterで製薬業界の色々な人と仲良くなって何回かオフ会したことがあるんですが、そこで知り合った人が東工大に行っていて。話を聞いているうちに、大学院いいじゃん、と思いました。
—————製薬業界の人の繋がりで知って、これいいじゃん!となったんですね。東工大以外も検討したんですか?
いえ、他の大学院は検討せず、東工大一本でした。紹介してくれた人が信頼できる人だったので、まずはそこを受けてみようと。受からなかったらまたそのときに考えればいいと思っていました。
●大学院では、数えきれないほどの学びがあった
—————大学に行ってみて、最大の学びというものはありますか?
そうですね……。うーん……。たくさん学びがありすぎて、一つに絞れなさそうです(笑)。
—————大丈夫です!(笑)今思い出せる範囲で、いくつでも教えてください。
まず一つは、私たちが仕事の中で課題だと感じていることって、すでに学術面では触れられているんだ、ということです。
様々な課題についてすでに研究されていて、解決策のようなものが出ているんだけど、それがビジネス書のようなものに落ちてきて、私たちの目に触れるまでにはすごく時間がかかります。
自分達が直面している問題はほとんどの場合新しい問題ではないので、先行研究を調べればドンピシャな答えはないかもしれませんが解決に資する良いヒントにたどり着くことができます。ということもあり、常に研究へのアンテナを立てておくのは大事かなと思います。
二つ目は、個々の問題は具体で見ると違うけど、抽象化して見ると同じだということです。これは大学院で共に学ぶ仲間と話していく中で気づきました。
大学院には様々な業界、職種の人たちが集まります。それぞれがいろいろな問題を抱えているわけですが、それらの問題は抽象化してみると同じだな、と気づいたんです。
自分の仕事とは直接関係がなさそうな情報にもアンテナを広げながら、他人の問題を自分ごととして捉えることで、世界が広がり、自分の課題を解決するヒントになると思います。
三つ目は、新しい物を生み出すときには今までやってきたことや、当たり前だとされている法則に対しても常に疑ってかかるべきだということです。
上司から言われたことなどに対して、「なんかちょっと違うような」と思いながら飲み込んでしまうことってよくあると思うんですが、それってよくないことで。「なんか本当っぽいけど、果たして本当なのか?」をどんなことに対しても思わなければならない、と考えるようになりました。
—————なぜそう思うようになったのですか?
いつもゼミで言われていたからです。自分の研究に対して「それっぽいこと言ってるけど果たしてそれって本当なのか考えなさい」と常に言われてきました。
世の中の一人一人の発言に対しても、自分の仕事に対しても、「それって本当なの?」と常に疑い、アサーティブに「本当なの?違うんじゃない?」を提案していくことが大事です。何か違和感を感じるのであれば、そこで十分議論し尽くしてから実行するのがいいんじゃないかと思います。
また、Garbage in Garbage outという言葉があります。これは計算科学領域で良く使われる言葉なのだと思いますが、ゴミのような不良データを入力すると、出来上がる機械学習モデルもゴミのように不良なものになるという意味があります。
研究においてもこのGarbage in Garbage outが言えるなと思います。ゴミみたいなリサーチクエスチョンだと、いくら調査を頑張っても研究目的を満たす成果は出ません。
新規事業をやるにしても、最初にエンドユーザーの真のニーズを抽出しなければ、やはりゴミみたいな結果しか出ないと思います。
先ほどの話にも繋がりますが、十分に議論・検討した上で、取り組むべきだと思うようになりました。
あとは、「三方よし」は難しいけど大切だなと考えるようになりました。技術者とかビジネスの人って、こうあるべきというか、こうしたらよくなるんじゃないかという意図をもって研究成果を社会に実装していくと思います。でも、実際にそれで世の中のみんなが幸せになってるかっていうと、そうではないことも結構多いと思うんですよね。
現場のことも踏まえつつ、全ユーザー、全関係者がいいなと思える社会実装の仕方みたいなのを考えていかなきゃいけない。そう感じました。
この辺が、大学院での学びです。すみません、長々と喋りすぎてしまいました。
—————とんでもないです、ありがとうございます。たくさんのことを学べたんだということが分かりました。
●大学院では、一生ものの仲間ができた
—————大学院で、いい意味でも悪い意味でも、「これは裏切られたな」みたいなことってありますか?
大学院で一生の友人と言えるような仲間ができたこと。これは入学する前はあまり想定していなかったので、いい意味で裏切られました。
高校時代の友達とか大学時代の友達って一生ものですよってよく言いますが、大学院でも一生ものの友人ってできるんですよね。通ったのはたったの2年間でしたが、社会人学生でもかけがえのない繋がりができたのはうれしかったです。
幅広い年齢層の人たちが集まって、上下関係なしにコミュニケーションして、授業に参加して、グループワークをして、一緒に研究や議論をして…。大学院がそういう場であるというのは、入る前はあまり想定していなくて。
会社では絶対ありえないような仲のよさがあって、同じ釜の飯を食ったような、かけがえのない仲間ができたことは本当によかったです。
大学院は、集まっている人たちの密度が濃かったように思います。高校や大学と違って成り行きで何となく流されて通うわけじゃなくて、みんな自分から選んで大学院に来てる人たちばかりだから、その分密度が濃かったのかもしれないです。
—————分かります。社会人大学院でも、一生もののかけがえのない仲間ってたくさんできますよね……!
あとは、研究の世界では会社の役職とか、今までの実績とかは関係なく、フラットだということです。
大学院に通う仲間はすごい人たちが多くて。有名な会社に勤めていたりだとか、誰もが知る製品やサービスを世の中に出していたりとか……。
なので正直「自分無理かも」って最初は思ったんですが、なんと僕、研究で年間の最優秀賞が取れたんですよ。
—————えーっ! それはすごい!
ありがとうございます。
自信になりましたし、今までの実績とか関係なく、修士論文レベルという前提はありますが、研究の世界では成果がフラットに評価されるんだということが分かりました。
●受験準備や、訓練給付金などのあれこれ
—————受験準備はどんなことをしましたか?
コロナもあって過去問がほとんど役に立たないくらい問題が変わってしまい、あまり対策のしようがありませんでした。
研究の概要や経営計画について話してくださいというのが求められていたので、研究については手厚く準備しました。ロジック警察が待っているので(笑)、論理が破綻しないように気をつけました。
—————理系となると計画書もまた難しそうですね。大学院に入学するにあたり、パートナーの方や、会社への説明で困ったことはありましたか?
特になかったです。
訓練給付金のおかげで、パートナーへの説明はむしろしやすかったです。訓練給付金もらえるからめちゃくちゃコスパいいよ、って。
ただ、最近ショックだったことなんですが。修了したので最後にプラス20%分もらえるはずだったんですが、途中で会社の役員になって雇用保険から外れてしまったので、そこがもらえなくて。これは自分の認識が甘すぎましたね……。
—————そのシステムある……! 本当に意味が分からないですよね。
世間的にはキャリアアップしてるのに(笑)。まだまだスタートアップには辛い世の中だと思いましたね。
—————起業した人も訓練給付金をもらえなかったと聞いたことがあります。なんだかなと思いますよね。
在学中の一日のスケジュールや、授業以外でいつ勉強していたかなどについても教えてもらえますか?
フルタイムで働きながら、終業後や休日に勉強をしていました。
●大学院は、もやもやを成仏させる場所
—————大学院を卒業して、今後の思い描いている姿はありますか?
大学院で最優秀賞をもらった研究成果があるので、いずれそれを使って事業を起こしたいと思っています。それが、自分の人生でやるべきことだと感じています。
—————齊藤さんのこれからのご活躍を楽しみにしています。齊藤さんにとって大学院とはどんな場所ですか?
自分のことを俯瞰的に見直す機会を得られる場所、でしょうか。人と繋がり、新たな視点を手に入れることで、人生の方向性を俯瞰的に見直せるのだと思います。
あとは、何にも邪魔されずに自分と向き合って、楽しく勝負する場所。
会社に入ると、与えられたことをただやるという感じが多いと思うんです。だから自分の問題意識、もやもやと言ってもいいですが、そういうものとはなかなか真剣に向き合えない。
大学院は自分のもやもやや問題意識と向き合い、成仏させられる場所だと思います。
—————私も修論を書き切るときに、自分と勝負している感じがありました。「成仏」というのは、どういうことですか?
成仏って言葉は、僕がいた研究室でよく使われている言葉なんです。問題をしっかり捉え直し、どう取り扱うかを考え、すっきりと自分の外に出してあげる。
大学院は、これができる場所です。仕事を振られたり、余計なことを言ったりして邪魔してくる上司もいませんしね。
—————なるほど! 成仏という言葉、しっくり来ました。では、最後に聞かせてください。どんな人に進学を勧めますか?
なんとなくもやもやしてきても「まあいいか」で流すことができてしまう人もいます。そのように簡単に流すことができず、もやもやをずっと抱えている人は、もう一度学び直すというのはありなんじゃないかと思います。
あとは、自分の新しい可能性を感じたい、見つけたい人にも勧めたいです。
—————今日はありがとうございました!
執筆者:aida