50歳目前での進学。研究も登山も人生も、未踏ルートを踏みしめる。 筑波大学地球科学学位プログラム

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」

今回は、筑波大学地球科学学位プログラムの博士後期課程に在学中の佐藤大輔さんです。

佐藤さんは10年以上勤めた会社を辞め、2017年に開設されたばかりの「山岳修士」が取得できる日本唯一の大学院に進学。その選択の背景を織り成すキーワードは「山」、そして「中国」。世間が決めた「当たり前」から一歩踏み出すメンタリティは、いかに培われたのか。そこからの眺めは、佐藤さんの目にどう映るのか。じっくりとお話を伺いました。

 

佐藤 大輔さん

中学生時代に靖国神社・歴史教科書問題を耳にしてから、日中関係のあり方に関心を持っている。大学では東洋政治史のゼミに所属。一方、体育会山岳部に所属して国内や北米(デナリ峰)にて登山。卒業後、中国四川大学に留学。中国滞在中(1995〜1999)ヒマラヤの未踏峰登頂を始め、8000m峰の未踏ルートに挑戦するなど複数の登山隊に参加。貿易会社(2000〜2004)、大手食品会社勤務(2004〜2018)を経て、2018年4月筑波大学山岳科学学位プログラム(山岳修士)に入学。2019年公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージ2取得。同ガイド協会訪日外国人対応委員会委員及び研修担当(2019-2022)。現在、筑波大学地球科学学位プログラム博士後期課程(地理学)に在籍。登山に於けるインバウンド対応や、中国の登山ツーリズムについて研究をしている。ミッションは、登山ツーリズムを通した日中両国の人的交流を促すこと。

卒業・修了した大学・大学院:
成蹊大学法学部政治学科1995 
四川大学汉语进修生1995.9-1998.6 
筑波大学山岳科学学位プログラム 博士前期課程 2020.3
筑波大学地球科学学位プログラム 博士後期課程  在学中

筑波大学地球科学学位プログラム:博士後期課程
入学年月日(年齢):2018年4月(49歳)
修了年月日(年齢):2023年3月(53歳) 

アラフィフで大手企業を退職。理系の大学院へ。

——— 本日はよろしくお願いします!私は地元がつくばなので今日は茨城トークで終わらないように気を付けます(笑)。

そう聞くと親近感が湧いてきますね。私は2018年まで食品メーカーのカルビーに勤めていたのですが、会社員時代の途中からつくばに引っ越してきているので、もう14年くらいになるのかな。つくばに来たときは2歳だった子どもが、今年から高校生ですよ。



——— 佐藤さんは2018年から筑波大学山岳科学学位プログラムの修士課程に進学されますよね。まずは山岳科学学位プログラムについてお聞きしたいです。

本プログラムは、2017年に開設した日本で最初の山岳科学に特化した大学院です。学位で山岳修士が取得できる日本唯一の大学院と聞き、おもしろそうだなと思って。開設の翌年の2期生として入学することを目指して、会社に勤めながら準備を進めました。会社員の収入を捨ててフルタイムの大学院生になることを「奥さんがよく許してくれたね」とはよく言われます。
山岳科学学位プログラムは、筑波大学・信州大学・静岡大学・山梨大学の4大学が連携する大学院です。山岳地域を取り巻く環境問題の解決や山岳生態系の持続的管理などに対応できる人材育成を目指しています。

引用:山岳科学学位プログラムHP 

 


——— 修士課程ではどんなことを研究されたんですか?

修士論文のタイトルは「外国人登山者の行動特性と登山文化に関する考察 〜槍ヶ岳での韓国と台湾からの登山者分析を中心に〜」でした。2015年の富士登山者数の実績では、同行者を含む外国人登山者全体数ではアジアからの登山者が欧米からの登山者よりも多いというデータもあります。調査地である長野県の山岳で、来訪者数も多く遭難件数も多い韓国人と、来訪者数が多いものの遭難件数の少ない台湾人に焦点を当てて、両者の登山行動の違いを研究しました。訪日外国人登山者の受け入れ体制を考えたときに、外国人登山者の出発地の登山文化や登山環境がそもそも日本と異なることを考慮しなければいけません。研究では韓国や台湾へ足を運び実際に登山したり、国内のフィールド調査で外国人登山者にアンケートを取ったりしましたね。

山岳科学学位プログラムは多岐にわたる学問領域を横断して学びます。生態学、地形学、気象学の先生もいらっしゃれば、動植物を専門としている方も。私の場合、それらの授業を受けつつ、人文地理学の先生の研究室に所属して修士課程の研究を進めました。すると、登山行動の特性は極めて地理的な要因によって左右されていることが分かってきたんです。それがおもしろくてね。

登山を切り口にして日本と中国に橋を架ける

——— そもそも退職して進学するほど山に関心をお持ちだったのは、どんな背景があるんですか?

いくつかの要因があるんですが……成蹊大学に入学が決まった直後に、高校の同級生から「兄が廃部寸前の山岳部にいて、よければ話だけでも聞いてあげてほしい」とたまたま頼まれまして。何の気なしに部室に足を運び、先輩たちから海外登山のエピソードなどを聴いているうちに「ちょっとやってみようかな」と思ったんですね。

新入生歓迎の目的で連れていかれた残雪期の剣岳では、落ちたら死ぬと思いながら命からがら山から降りてきたりしました。受験生時代の生が約束された生活とは違って、死と隣り合わせでしたが、生きている実感をすごく感じたのを覚えています。自分の心を鍛錬したいという思いもあって山岳部を続けようと思いました。

結局、大学時代は年間70〜100日は登山しているような生活を5年も続けてしまいました。大学4年の時は、のちに登山家として有名になる野口健君らと、アラスカのマッキンリー山に行くほどに。そして大学卒業後は、未踏峰登山で中国に渡りました。

そう。大学院に進学した背景には、「山」だけでなく、その「中国」も関係しています。



——— 中国ですか?ぜひ詳しくお聞きしたいです。

きっかけは私が中学生のころに遡るのですが、その当時は靖国神社参拝問題や歴史教科書問題が大きな話題になりました。戦後40年が経つのに、まだ両国の間に大きな溝があることを子供ながらに不思議に思ったんです。そこから中国に対して、ずっと関心があったんですね。

大学では政治学科に入り、中国共産党史の研究をしている先生の東洋政治史のゼミに所属しました。基本的に登山、登山の学生生活を送りますが、留年した大学5年目に、先生のご尽力のおかげにより北京大学に1ヶ月間留学する機会をいただいたんです。中国を自分の目で直接見たいという思いはずっとあったので、いま振り返っても本当に貴重な機会でした。

現地での経験を通じてもっと中国を知りたいという思いが強まったので、大学卒業後に就職を選択せずに、登山のために中国に渡り、登山終了後に四川大学に留学しました。そこで中国人の生活を肌で感じながら、中国語を学んだり、辺境地帯の山に出かけたりして過ごしました。



——— 現在の一般的な卒業後のルートを考えると、就職をしないという選択肢が新鮮に感じます。

50歳近くになって退職して大学院に入るような、ある意味で安定を求めていないメンタリティはその当時から垣間見えますね(笑)。中国留学も3年目の時に、若いから重い荷物も持てるだろうし、通訳もできるということで、未踏峰の偵察隊に誘われたりと、中国滞在後半に8000m峰の未踏ルートや7000m峰の未踏峰など、複数の登山隊に参加させてもらいました。もともと、中国に関わる仕事がしたいなと漠然と思っていましたが、この当時はゆくゆく登山を仕事に繋げたいという考えは全くなかったです。ただ、サラリーマンになってから、この経験がかなり貴重なものだったと改めて思うようになりましたね。

その後は日本に帰ってきて、中国とビジネスができる期待も抱きながら貿易会社に入社しました。会社では得難い経験をたくさんさせていただきましたが、だんだんと欧米向けの仕事が増えていき、中国への想いが消えなかった私は転職を選択することに。2004年にカルビーの中国関連の事業所をサポートするチームの一員として入社しました。




——— カルビーには2018年までお勤めになり、その後大学院に進学されますよね。ここまでお話しいただいて、進学の背景が少しずつ見えてきた感じがします。

カルビーには、中国から留学に来て、そのまま日本で働いてる人も多くいました。彼らは日本語も堪能なので、こういう人が増えてくれば日中関係って自然と良くなっていくんだろうなと勝手に思っていたんですよ。ただ現実は尖閣諸島の問題など、両国の関係はむしろ悪化していきました。

当時の私は、中国チームの解体を受けて、営業や製造の部署にまわっていたのですが「もっと自分自身が関われる範囲で、できることをやった方がいいのでは」と思ったんです。登山に関しては専門的なことをやってきましたので、その登山を切り口に日中間のアウトドアフィールドで両国をつなぐような貢献が何かできないかと。

最初は、定年退職後や早期退職して登山ガイドでもやろうという考えでしたが、2016年の年末ごろかな、自宅近くの筑波大学で山岳科学学位プログラムが開設することを耳にして興味を持ったんです。そこから、現在に繋がっていきますね。

予定にはなかった博士後期課程への進学

——— 大学院に進学されてからはどのような生活を?

先にお伝えした通り、退職してフルタイムの学生になるのですが、最初は登山ガイドの仕事をしながら学生生活をしていこうと考えていたんです。ただ、1年目は学業が忙しくてそれどころではなかった(笑)。2年目に入り、いよいよ動き出そうと思ったときに、アキレス腱を切ってしまいました。そのため、結果的には退職金を切り崩しながら研究に打ち込んでいたのでお金は出ていくばかりでしたね。



——— そうだったんですね!そんななかで、現在は博士後期課程に在学中ですよね。修了後も博士に進もうと思ったのはどんな理由からなんですか?

もともとは後期課程に進む予定はありませんでした。
ただ、修士で研究を進めていくうちに、どんどん研究がおもしろくなってくるんですね
18世紀後半にアルピニズムがヨーロッパ・アルプス地方で生まれ、それまでは宗教的な対象であり人間が近寄る場所でなかった高山が冒険の場に変化していきました。それに伴い、近代的な登山に繋がる考え方が世界中に広まっていくのですが、地域によって登山スタイルや環境が異なってくるんですよね。その背景には、文化的な要因から、風土、地形、自然地理学的な要因まで、多くが絡んでいます。このあたりは欧米でもまだあまり議論されておらず、先行研究も少ない領域だと、研究を進めていくにつれて分かってきたんです。

生活のことで言えば、後期課程は授業が少ないので働いて収入を得ながら研究を続けることができるのではと思いました。それと入学金や学費の免除があったことも理由としては大きいですね。そして、今ではJSTという研究支援プログラムから、生活費を含めた研究支援を頂いていてとても助かっています。



——— お話を伺っていると文化人類学にも近いものを感じたのですが、それを山岳科学という領域からアプローチするのがユニークだと思いました!登山を通じて中国とも関わりたいという想いはお変わりないんですか?

そうですね。研究の先に見据えているのは、中国人と日本人の登山ツーリズムを通じた交流です。20代に中国に留学した経験から、人と人との顔が見える直接交流が重要だと感じています。実際、中国人をはじめ外国人の友人ができると、彼らは習慣や文化こそ違うが、我々と何も変わらないことを実感します。日中両国間では国民感情のすれ違いが指摘されていますが、中国人の友人の顔をみれば、日本で言われている固定観念と全く違う姿が理解できるんです。進学前は、自分自身が登山ガイドをするイメージでいました。もちろん性格的には好きな仕事だと思います。ただ今は、研究を通じて分かったことをベースに登山を通じた交流を促す仕組みづくりにも自分の時間をかけていきたいと思うようになりました。

誰も足を踏みいれてない場所へ。登山と研究の類似点。

——— 大学院に入ってよかったことは何がありますか?

研究って「課題解決型」ですよね。まず先行研究を調べて、いま足りない部分はどこなのかを考える必要があるので、論文を1本つくる過程で課題解決力のようなものは訓練されます。そういったスキル面でも進学してよかったと思います。それと登山の世界の中でいま何が足りていないのかの理解が深まるにつれて、見える景色が変わったんです。それもすごくよかったです。

そうそう、研究と登山って似ているんですよ。
ふもとから見上げているのと、実際に登るのでは、同じ山でも全然違います。研究も登山も、この先にもう少し進んでいけそうか、あるいは引き返したほうがいいのか、といったことは実際にそこまで自分の足で行かない限り分からない。「人がやってこなかったこと」が評価される点も似ているかもしれませんね。研究も登山の世界も誰かがやったことの繰り返しはあまり評価されません。誰も登っていなかったところを探して登る。そういう研究のおもしろさを知ることができたのも大学院に来てからです。



——— 佐藤さんはどんな方に大学院進学を勧めますか?

現状の社会に対して、自分自身が違和感を覚えている方、突き詰めたい疑問がある方には、進学を一つの選択肢としておすすめします。大学院に行けば、就職に有利になる側面もあるかもしれませんが、進学してから答えを出したい疑問を探すというのはちょっともったいないかなと思います。私自身、せっかく大学院に進学したのなら、誰も見ていない場所を見に行くような研究に自分のエネルギーを注いでチャレンジしたいです。



——— いまの日本には「探索」が必要だという主張がありますが、まさに研究は「探索」なんですね。誰も足を踏みいれてない場所を覗き見るような。

そうですよね。もしかしたら研究のメンタリティはいまの日本社会に必要かもしれませんね。私は外国の友人が多いのですが、彼らと交流していて改めて思うのは、日本は石橋をひたすら叩いてから渡る社会だなということです。個人レベルで見ても、例えば中国人は勢いでどんどん突き進んでいくので、転職のサイクルもすごく早いんです。それって、失敗を恐れずに、もし駄目なら修正するというメンタリティがないと難しいはず。

「こうでなければならない」という思い込みから解き放たれることが大切ではないでしょうか。研究でも、人生でも。そのときの景色は、それまでとずいぶん違って見えるかもしれません。

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