働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は物理学専攻で修士号を取得後、社会人になってから異分野のMBAプログラムに入学した青木和輝さんです。
学生時代に始めた水族館ボランティアから関心を高めたソーシャルビジネスを学ぶべく、ITエンジニア・コンサルタントとして働きながら、東京都立大学大学院のMBAプログラム(経営学修士課程)に入学し、2022年3月に修了しました。
自ら「環境教育活動家」と名乗り、多岐にわたる分野で活躍をしている青木さん。入学までの経緯や学び、将来のビジョンについてお話を伺いました。
様々な分野へ並行で挑むパラレルキャリアを10年以上歩みながら、国内外の「環境教育活動」を推進するための武器を増やす。*環境教育:「生物多様性を次世代へ受け継ぐために行動する人の育成」
- IT・デジタル:SIerとITコンサルにて、通算7年以上システム開発に従事。
- 水族館:ボランティアとして、10年以上展示ガイドを通じた環境教育へ参画。
- 非営利団体:水族館ボランティアのコアメンバーとして、組織コーディネーションも経験。
- キャリアデザイン:環境系NGOにて、学生向けキャリアコンサルを1年間経験。
- 財務・会計:8月より財務アドバイザリーへ転職予定。
MBAにて「日本の公立水族館の組織間協働」についての修士論文を執筆
●「水族館にもっと深く関わりたい」母校の大学院に再入学
———— もともと理学系の修士課程を修了されていたんですね。
はい。東京都立大学(当時は首都大学東京)の理学部物理学科を卒業し、理学研究科物理学専攻の修士を修了しました。もともと数学やプログラミングが好きだったので物理の道に進み、カオス理論を研究しました。「ブラジルで蝶々が羽ばたくとテキサスで大嵐が起こる」っていう、あのバタフライエフェクト理論の分野です。
———— 複雑系というものですよね。水族館のボランティアも大学時代から?
はい、修士に進学したタイミングで始めました。それからもう10年になります。こんなに続けてこられたのも、最初の年から、とても素敵なボランティア仲間や職員の皆様に恵まれたのが大きいですね。水族館で職員として働くことも考えましたが、水族館のプロフェッショナルな職員の方々を見て、「今からこの域を目指すのは難しいだろう、だったら自分の得意分野を生かした別の形で貢献したほうが良い」と思い、修士を出た後はシステムエンジニアの仕事を選びました。
2018年2月、新卒就職して約3年後の、あと半年ほどで30歳を迎えようというときのことでした。同期入社した2人が立て続けに会社を去りまして。そこで私も自分のキャリアを振り返ってみたら「エンジニアとしてのスキルもボランティア運営のスキルも、中途半端だな」と。「このままではどちらもだめになってしまうのでは?」と怖くなりました。そこでITコンサルへ転職するとともに、MBAが視野に入ってきました。
———— 水産系などいろいろな専攻があり得たと思うんですが、なぜMBAを?
学生時代から水族館業界に関わり続けているのに、ボランティアだから目立つ実績がいまひとつない。もっと業界へ深く踏み込んで何かしたい、そのために何がしかのわかりやすいアウトプットが欲しいなと思ったんです。それがMBAでの修士論文でした。
もともと水族館とソーシャルビジネスは親和性があると考えていて、他のステークホルダーと協働して社会的価値を創出する、いわゆるコレクティブ・インパクトに興味を持っていました。学生時代から、水族館ボランティア団体のコアメンバーとして活動して、チームビルディングに試行錯誤した経験もあり、こういったいろいろな経験と興味の積み重ねがあって、最終的にMBAという選択肢が目の前に現れたんです。
———— 勉強熱心というか、すごい知的好奇心ですよね。進学先として筑波大学や早稲田大学も検討されたとか。
ただ、東京都立大学という選択肢にあまり迷いはありませんでした。得意な数学で受験できるし、長年過ごした母校ですし、高橋勅徳先生というソーシャル・イノベーションやベンチャービジネスの研究者もいらっしゃるし、これはもう受験するしかないなと。
———— いま話題を呼んでいる『婚活戦略 - 商品化する男女と市場の力学』を書いた先生ですね。ネットでも売り切れてて、結構待って買いました。
私はその1冊前、2018年に出版された『ソーシャル・イノベーションを理論化する: 切り拓かれる社会企業家の新たな実践』を読んで、特にエコツーリズムの事例が水族館でも参考にできそうだと感じていました。実際に会ってお話ししてみたら、予想以上にお話が面白いだけでなく、私よりも魚に詳しい先生だったというのは衝撃的でした。
———— 受験準備はどのようにしましたか?
ざっくり入学までの経過をお伝えすると次のようになります。
- 2019年5月〜6月:本読み。書籍15冊+論文15本くらいインプット。
- 2019年7月:出願書類作成。水族館関係者・MBAホルダー等数名によるレビューを受けたうえで出願。
- 2019年8月:学部数学の復習、過去問練習。
- 2019年9月:受験当日。筆記試験と面接を同日実施。
- 2020年4月:入学
MBA予備校の利用も検討しましたが、独力で問題ないと判断しました。物理学で修士を取っているので、数学の過去問を見て筆記試験対策がほぼ不要だと思いましたし、研究計画の立て方はある程度わかっていて、必要なアドバイスも十分に得られる状況でしたから。
職場に夜間の大学院に通っている人も少なからずいましたし、仕事との両立も何とかできると思っていましたし、実際なんとかしました。
●どうせならとことん勉強しよう!と通常の倍近い科目を履修
———— 東京都立大学MBAにはどんな特徴がありますか?
まず、都立大学では論文執筆が必須です。大体こんな流れで2年間を過ごします。
- グループ研究:M1 4月~7月
- 研究テーマ設定・先行研究レビュー:M1 10月~3月
- 調査:M2 4月~9月
- 修論執筆:M2 10月~12月
- 最終審査:M2 1月~2月
コツというほどではありませんが、時間割の組立てポイントは3つあります。これから受験を考えている方はぜひ参考にしてください。
- 平日夜間も土曜も両方とも履修することが想定された時間割になっている
- 1コマ90分の授業時間に加え、レポート作成やグループワークのために、少なくとも同じくらいまたはそれ以上の時間をかける必要がある
- 時間割が毎年変わるため、M1で取りたい授業があったら、極力M2へ先延ばししない方が良い
———— これは大学からの公式情報では得られないポイントですね。実際に進学してみて、ギャップはありましたか?
2回目ですし、まったく無かったです。今回も都立大にして良かったと思います。都立大は少人数なのが魅力。一学年はたった30人だったので、すぐお互いの顔も覚えるし、興味も深く知ることができて、とても密度の濃い2年間が過ごせました。
履修した授業は計34科目68単位で、かなり多い方です。そういう性分なんですよね(笑)。どうせ忙しくなるなら、とことん勉強しようと。コロナ流行直後だったので、授業がフルオンラインになり、さらに本業が8~10割テレワークになったので、これだけ取れました。通学・通勤があれば、ここまで多く受けられなかったと思います。実際にはこの半分くらいでも修了できますよ。
———— フルオンラインとはいえ、卒業要件の2倍単位とるのはすごいです。実は青木さんの学年には2倍の単位を取得したもう一名の猛者である大友さんがいますよね。よかったら大友さんの記事もみなさんぜひ読んでみてください。特に思い出深い授業はありますか?
授業はどれも素晴らしくて、選ぶのが難しいですが・・・しいて言えば、「事業リスクマネジメント」、「シナリオプランニングとリアルオプション」、「ファイナンシャル・プランニング」、「CSR」でしょうか。いずれも外部の実務家の先生方を招聘して開講されている科目で、先生方の豊富な実体験に基づく大変興味深いお話を聞くことができます。
一番思い出に残っているのは、MBA課程の最後の授業、修士論文の最終審査のみを残したグランドファイナルで、M1で履修していたCSRの授業へ再度参加依頼を拝受し、「生物や生態系を企業経営に活かす」というテーマで1時間講演させていただいたことです。これまでのパラレルキャリアの集大成としてのディスカッションが出来て、とても貴重な経験をさせていただきました。
●パラレルキャリアを活かし環境教育活動家として活動を続ける
———— 修了して、これからどんなビジョンを思い描いていますか?
私の夢は、国内外の環境教育活動の活性化・レベルアップ。それに向けて目指す姿は、環境教育家ではなく、環境教育活動家です。つまり、私は環境教育を自ら行うだけでなく、環境教育活動に関わる人を増やし、支援していきたいと思っています。そのため修士を終えたばかりですが、近いうちに博士課程などで研究を続けていくかもしれません。
———— 本業のITエンジニア・コンサルを続けつつ水族館ビジネスにも邁進されていますが、パラレルキャリアにこだわる理由は何なのでしょう?
水族館には生物飼育だけでなく、多様な分野のスペシャリストが必要だからです。なので、こだわっているというより、自ずとパラレルになっていったのです。10年水族館に関わってみて感じるのは、「水族館という現場が自然保護や教育などの多様な機能を持っていることを理解した上で、ITやデジタル技術を使いこなせる人材が少ない」ということ。たとえば「プロジェクションマッピングのような映像技術を活かして展示を魅力的にしよう」という動きもありますが、その多くは「新しい技術が出来て、よそでも流行っているから使ってみた」という域を出ていないと感じます。
これはデジタル技術を活用したいけれど、うまく使いこなすことに苦戦している水族館職員と、職員の魂を理解しきれないまま、技術をプロデュースすることが先走ってしまうエンジニアとがいて。けれど、「お互いがせっかく良いものを持っているのに、うまくコラボレーションできていない」という、もったいない状況だと思うので、そういった隙間を埋めたいですね。実際にやろうと思ったら、大概その調整に難儀するものですけど。
———— 長年、水族館で活動してきた青木さんならではの意見ですね。
もう10年、水族館ボランティアをやっていますから。なかなかこういう角度で、かつここまでの深さで見ている人は少ないと思います。水族館が単なるレクリエーションのためだけの施設であるなら、生き物を使う必要はありません。野生生物を狭い展示スペースに閉じ込めて見世物にすることに対する、批判の声も大きくなっています。なにせいまは、VRなどのデジタル技術で作られた擬似自然でも、自然保護のための環境教育ができないかと試みられていますから。実際に、中国の水族館では、驚くほどリアルに泳ぐロボットのジンベエザメの展示が始まっていますし、ニューヨークのタイムズスクエアには、かつてナショナルジオグラフィックがプロデュースした、生きた生き物を使わずに人々の自然保護意識を啓蒙する、バーチャルな「水族館」(ナショナルジオグラフィックエンカウンター・オーシャン・オデッセイ)が登場しました。
———— いずれ、生きた生き物を使う水族館がなくなるかもしれない?
生きた生き物を使うのなら、レクリエーションだけでなく自然保護や教育という役割が、水族館に絶対に必要だと思います。もし環境教育のベストな方法が水族館を使わないものであれば、私も「水族館はいらない」という判断をするかもしれません。
だからといって、向こう50年くらいはそういうことにはならないと思いますね。修士論文を書いていて実感したのは、「日本の特に地方の水族館では、自然保護や教育だけでなく、地域の様々な人々を巻き込み水産業や魚食などの文化を伝承しながら、地域を盛り上げる拠点としての役割も大きい」ということ。そういう役割も果たしながら、社会全体の持続可能性向上に貢献できる場所であってほしいと思っています。
●偶然は必然。問題意識を持って進めば自ずと道は拓けていく
———— どんな人に大学院を勧めますか?
何か叶えたい理想がある人は、どんどんチャレンジしたら良いと思います。何歳からでも遅くはないですが、若い人ほどチャレンジした方がいい気がします。
入学してみると、「自分は到底かなわないな」と思うような、すごいキャリアを持っている方にも出会うと思いますが、だからといって物怖じする必要はまったくありません。MBAではいろいろな人が議論することで、互いの学びが深くなるでしょう?
その人にしか出せない持ち味が誰にでもあるので、自分が持っているものに自信をもってほしいですね。経歴やバックグラウンドを踏まえた意見は、その人にしか出せない貴重なもの。だから、思い切って挑戦していけば良いんじゃないかと思います。
———— これから大学院を目指す人にアドバイスをお願いします。
「入ってから何をしたいのか?」を明確にしてください。「まず目的があり、その手段として大学院がベストな選択肢だから進学する」というのが大事です。また大学院では勉強だけではなく研究が求められますから、自分なりの問題意識を明確にしておくことはとても大切です。
それから、「なんで今なのか?」ということも考えておいたほうが良いと思います。大学院は逃げませんし行かなければいけないものではないので、「なぜいま行かなきゃいけないのか?」と自問してみることです。
私の場合は、それまで積み重なってきたさまざまなことをベースに、目の前のことにきちんと向き合おうと考えた結果が、10年というタイミングでのMBAでした。そうやって2年間を過ごしたら、それまで偶然に見えていたことも、実はすべて必然だったのではないかと感じています。この10年で経験した各分野のいろいろなことがいま一気に繋がった気がしています。
———— 10年間の人生の集大成がMBAだったと。
はい。最終的にMBAという選択ができたのは、それまでにいろいろな経験ができる環境を、周りの皆様から与えて頂けたからこそ。そのことに感謝して、これからは世の中に恩返しをしていきたいと思っています。これから大学院を目指す方は、力まず焦らず、楽しく挑戦してください!
———— 水族館の裏側も聞けて、とても楽しいお話でした。どうもありがとうございました!
最後までお読みくださり、ありがとうございました。水族館を通じた環境教育活動を今後さらに国内外で発展させるべく、オウンドメディア『わが街に水族館は必要か?』にて、様々な切り口から情報発信しています。よろしければこちらもぜひご覧ください。