働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は社会人になってから、スタンフォード大学、香港科技大学、東京大学、の3校で学んできた尾形将行さんです。
行政官に憧れていた尾形さんは、大学卒業後に総務省に入省。内閣官房、外務省を経て、その後は民間企業に活躍のフィールドを移しながら、今日まで第一線で走っています。そのなかで国内外の大学院に通ってきました。
働きながら学ぶ。働くことから離れて学ぶ。そのどちらも経験してきた尾形さんに「アカデミックで学ぶこと」についてお話をお聞きしました。
freee株式会社取締役COO。総務省、内閣官房、外務省、アクセンチュアを経て、クラウドの活用により日本の中小企業の生産性を世界水準に向上させることを目指し同社に参画。スタンフォード大学ロースクール修士、香港科学技術大学MBA取得。
卒業・修了した大学・大学院:
スタンフォード大学ロースクール
入学年月日(年齢):2005年4月(26歳)
卒業年月日(年齢):2006年3月(27歳)
香港科技大学
入学年月日(年齢):2009年4月(30歳)
卒業年月日(年齢):20011年3月(32歳)
東京大学EMP
入学年月日(年齢):2021年9月(42歳)
●社会人になってから国内外3つの大学院で学ぶ
——— 尾形さんはfreee株式会社で私の元上司ですが、この「先輩インタビュー」で一度じっくりお話を伺ってみたかったんです。その理由は経歴をお聞きすると読者の方にも分かっていただけるかと…尾形さんは東京大学法学部を卒業してから今日までに、3つの大学院で学んでいるんですよね。
そうですね。スタンフォード大学のロースクール修士(2005〜2006)、香港科技大学の経営学修士(2009〜2011)を取得して、そして最近は、東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)で学んでいます。スタンフォード大を修了直後は、カリフォルニア大バークレー校で客員研究員を1年間務めていたこともあります。
——— 聞きたいことだらけですが(笑)、時計の針を学部生の頃に戻して、なぜ東京大学法学部だったのか、というところから伺ってもいいですか?
そうだな……僕、行政官になりたくて。高校生のときに聞いた警察官僚の人の話がおもしろくて行政官を目指したいと思い、大学受験のときは法学部しか受けなかったです。
——— 卒業後は総務省に入省してらっしゃるので、有言実行ですね。スタンフォード大学ロースクールの修士課程にはどのタイミングで進学したんですか?
26歳くらいだったかな。国家公務員の人事管理を行う機関である人事院の海外研修プログラムを使って、官僚のまま留学しました。
プログラムは2年間。最初の1年でスタンフォード大学ロースクールへ。最後の1年をどう過ごそうかと考えたころにちょうど結婚したんです。これから子供も生まれ、ハードに勉強できない状況になることが見えていたので、バークレー校で客員研究員というかたちで過ごしました。
——— アメリカでの2年間は仕事はせずに学業に専念したんですか?
そうそう、完全に専業学生。学費も負担してもらえて、最高のプログラムでしたね。ただし、受験は優遇されるわけでなく、他の人と同じ土俵で受けて合格する必要があるけど。例えば英語力によっては、希望の大学に通らないこともあります。
——— そもそもなぜこのプログラムに参加しようと?
総務省で担当領域としていた情報通信に関する理解をより深めるためです。人事院のプログラムなので、仕事に全く関係のないことを学ぶわけにもいかないですし、それでいうとアメリカは安全保障やテロ対策、サイバースペースなどの考え方が進んでいるので。
——— なるほど、実務でよりインパクトを出すためにアメリカで学ぼうと。実際2年間のプログラムを終えて、どうでしたか?
よかったですよ。多忙な仕事から一度離れて、自由な環境で学ぶことができて。なによりカリフォルニアの気候も最高すぎました(笑)。そうそう、いろんな国の人が集まってるっていうのもよくて、授業の外では教科書に書かれていない学びもたくさんありましたね。
あとは、アメリカのように制度の進んでる国で、それらをじっくり学ぶことができたことは後々にも大いに活きました。帰国後には、外務省で国際関係の仕事をしたり、内閣官房でサイバーセキュリティの国際連携を担当したりしたのですが、こういった広がりは留学のおかげですよ。
●香港出向を命じられた翌週から大学探し
——— 香港科技大学のMBAでも、いろんな国のリーダーが集まってビジネスについて話す環境が刺激的だったと別のインタビュー記事で読みましたが、そもそも次はなぜ香港だったんですか?
僕は2001年から10年間総務省で働いたのですが、最後の3年間は香港に出向し、総領事館に勤めていたんです。香港に出向することを聞いた翌週には探し始めてましたよ、大学を(笑)。1ヶ月後にはもう出願してたんじゃないかな。
幸いアメリカに留学していたので、TOEFLの点数は問題なかったですが、MBAはGMATという試験があるので、その準備は必要でしたね。
GMATとは
非営利財団であるGraduate Management Admission Councilによって提供されている大学院レベルにおいてビジネスを学ぶために必要な分析的思考力、言語能力、数学的能力を測るための試験。
——— 翌週って、動き出しが早すぎる(笑)。
総領事館の仕事って、香港に暮らす邦人のためにあるので、現地で暮らしている人たちのことが分からないとダメなんですよね。となると、直接ローカルで働く人たちと交流した方が理解が深まるわけで、そういった意図もありMBAを目指したんです。土日のみのパートタイムのプログラムで、働きながら通える点も大きかったです。結果的に、現地で仕事をしている人たちとのネットワークは広がりましたよ。コロナが流行る前は、毎年何人かは日本にも遊びに来てくれたりしてました。
——— ご家族も一緒に香港に引越していたんですよね。平日は働いて、土日は勉強して、それで子育てもして、大変ではなかったですか?
香港って、フィリピンやタイなどの方が住み込みでお手伝いしてくれる制度があって、掃除や洗濯はもちろんのこと、子どもの学校の送迎や料理もやってくれて。そういう制度をフル活用しないとなかなか難しかったでしょうね。
※香港では男女平等社会の習慣があることや、世界的にみても高水準の不動産相場が影響して、共働きでないと生活できないという社会的背景がある。そこで香港政府が主導で、フィリピンやタイなどの方をアマさん(お手伝いさん、香港ではアマさんと呼ぶ)として雇用推進した。社会保障などもあり、富裕層だけでなく一般家庭でもアマさんを雇うことが多いという。
●明日すぐ活かせるものを、求めない
——— 最近では東大EMPに通ってらっしゃるんですよね。これはどういったきっかけだったんですか?
東大EMPとは
正式には「東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム」。2008年10月、社会人向けの講座として開講。従来の教養講座でもMBAプログラムとも異なり、新たな時代に向けて編み出したリベラルアーツとマネジメントのあり方を伝授し、たえず変転する複雑な世界の仕組みを理解しつつ、自ら課題を発見し、形成し、更新して、多様な人たちと協働しうる資質を醸成する。最終的にめざすのは「課題解決能力」の獲得ではなく、そのさらに上流にあって社会や未来を拓いていく「課題設定能力」の獲得。
引用:東大EMP HP
普段仕事をしていると、自分が属している企業や業界のことばかり考えるので、そういう意味で言うと、視野は狭くなっていくと思ってて。じゃあ、視野を広げるにはどうしたらいいかっていうのをいろいろ考えてたんです。そのなかで、新しいテーマにどう取り組んだらよいかを考えるベースとなるのは「教養」「リベラルアーツ」だなと思って。それらをもう一度学びたいと興味が湧いてきたんです。
それと「課題解決力」という言葉がありますが、会社に所属してマネジメント業務などの経験を積むと、着実に身に付いていくじゃないですか。でも「そもそも何が本質的な課題なのか?」を考える機会ってあんまりなくて、さらに企業レベルを超えて、社会レベルの課題となると、僕も新聞に書いてあるレベル以上のことを深く考えたことないなって。本質的な課題を自分自身で見つけることができたら、どうなるんだろうという関心もあったかな。
——— ホームページの募集要項を見てびっくりしたんですけど、半年で学費が約570万……すごいですね。
いろいろ探してるなかでこのプログラムを見つけたんだけど、めちゃくちゃ学費が高いので、昔の自分だったら絶対通ってないね(笑)。実際、8〜9割が企業から社費で派遣されている方々で、僕みたいに「新しいことを考えるために自費で来ました」みたいな人は1人か2人ですね。
——— そのなかで実際いま学び始めてらっしゃいますが、いかがですか?
学費は高いですが、講師は最高の人たちが集まるわけですよ。東大の教授ってやっぱりすごいなと思います。自然科学や社会科学など様々な講義を受けていますが、その領域の超有名な教授が教えてくれるので、とても貴重な機会だなぁと。学ぶことを通じて、次にビジネスをやるとしたら何がいいんだろう、ということを考えるきっかけになっています。
——— ちなみに、MBAをはじめ大学院不要論もあるなかで、尾形さんはどんなことを思うかちょっと聞いてみたいです。
なんだろう……。MBAにしたって、どんな大学院にしたって、進化してるんですよね。世の中の流れもちゃんと捉えてるし、新しいことにも取り組んでいるから、結局は学んだ側が「どう使うか」という気がしますけどね。
あと一個人として思うのは、1〜2年職場から離れて思考する時間はそれ自体が大事な気がしてます。僕はスタンフォード大学への留学を経て国際関係の仕事をするようになったし、香港科技大学を経て転職を選択しているし、いまは東大EMPを経て新しいビジネスを模索しています。そういった意味でも、考える時間を取ることはすごく大事なプロセスなんだろうなと思っているんですよ。手段は、大学院じゃなくてもいいかもしれないですけどね。
——— そういう機会って日本で働いているとなかなかないですもんね。
長期雇用だからってのもあるかもしれない。不要論で言うと、「MBAを学んできたのに現場で活躍できていない」などの声があるのかもしれないけど、大学で学んだことを明日から活かそうって考えるのは少し違う気がします。学んだことを5年後10年後に活かしていく人材をつくる観点で企業側は派遣してほしいし、学ぶ側も明日から使えるものばかり求めない方がいいと思います。お互いにそのあたりの期待値がずれているように感じることは確かにありますね。大学院で学んで転職しても、そこでの人事評価って半年間〜1年間という短期的な目線で行われてしまうのもその1つで、それってつらいよなぁって。
——— 期待値のずれというのは大いにありえますね。
うん。日本は今まで雇用流動性が低かったから、中途人材の扱い方も全体的にあんまりうまくない気がします。僕は、世の中の人材がそんなに「使える」「使えない」で一方的に簡単に色付けできないだろうって思っていますね。
●大学のあの自由な雰囲気について
——— 最後に、尾形さんが「人生において大切にしているもの」をお聞きしてもいいですか?
そうだなぁ……「好奇心」かな。今日は新しいことをするとか、世の中の仕組みを1つでも理解するとか、人の気持ちが前より分かるようになるとか、何でもいいんですけど。人間は好奇心をどんどん貯めていける生き物なので、学び続けることを大事にしています。そうしないと日々同じ事の繰り返しになっちゃう気がしていて。そのうえで、学ぶだけでなく、学んだことを社会に活かしていくアウトプットに繋げることも大事だと思いますね。
——— ちなみに、好奇心を持ち続けるために必要なことって何だと思いますか?
まずは体力かな。心身ともに健康であること。そういった土台がぐらついているなかで、好奇心を持っていろんなことをおもしろがるのって難しいと思うので。
——— てっきり「思考力」とおっしゃるかなと思ったので「体力」というお話は意外でした!
1駅分歩くくらいの体力がないと、新しい発見も減っちゃうじゃないですか。例えば今の東大のプログラムで通信系の授業があって。「実は富士山には電波が通ってないんですよ」みたいな話をされたときに、僕は実際富士山に行ったことあるから「確かに」って分かるんです。そういう現地現物を見ることで学びはより深まりますが、その土台になるのは「好奇心」を起点にした「行動力」で、その行動力を支えるのは案外「体力」だと思いますね。
——— ここまでお聞きして改めて思うのは、尾形さんって社会人になってからもずっと学んできた人ですよね。学ぶと一口に言ってもいろんな方法があるなかで、尾形さんにとって「アカデミックに学ぶ」というのはどういうものかを最後にお聞きしてもいいですか?
そうですね……。まず基本的に勉強することが好きなんですよね。それと、そもそも大学という環境、施設が好きなんです。あのね、僕、旅行先ではいつもその地域の大学に行くんです。
——— 大学巡りですか!全然想定外の角度から来てびっくりしてます
同じ趣味の人いると思うんだよねぇ。発想的には、お寺巡りが好きな人と似てるのかな。
どんな国でも大学はリベラルだと思うんです。大学のあの自由な雰囲気、発言も自由で、時間の使い方も明らかに会社に比べて束縛がない、あの雰囲気。枠を超えた発想は、そういう自由な空気感から生まれると思っていて、その意味でも、大学という環境そのものが好きです。ちなみに海外へ旅行に行っても、その街にある大学のキャンパスを見に行きますよ。家族にも付き合ってもらって。国内でも北海道大学などは何回も行ったなぁ。
——— おもしろいなぁ。そんな趣味があるとは知りませんでした。
いい大学があったら僕に教えてください(笑)。
——— わかりました、いい雰囲気の学校があったら真っ先に連絡します(笑)。尾形さんは、私にとってfreeeで一番仕事が大変だった時の上司で、正直いつも話すのが緊張するんです。でも今日の話を聞いて、尾形さんは本当に真っ直ぐに理想ドリブンに生きている人だということがわかり、すごく身近に感じました。freeeを辞めたあとのチャレンジ、心から応援しています。お世話になりました、ありがとうございました。