今の事業に活きるダイバーシティ体験。やらない後悔より、やる後悔を私は取る 国連平和大学・アテネオ・デ・マニラ大学

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は国連平和大学(コスタリカ)ジェンダーと平和構築学、アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン)国際政治学を修了された藤原 快瑤(フジワラカヨ)さんです。
大学入学当初は卓球に打ち込み、その後韓国でファーストキャリアを踏み出します。ニカラグア共和国での青年海外協力隊での活動や、今の事業につながるコスタリカの国連平和大学での学生生活を聞きました。

藤原 快瑤さん

神奈川県出身。グラデーション代表・東京大学バリアフリー教育開発研究センター特任研究員

2013年から2年間JICAの青年海外協力隊員として中米のニカラグアに滞在。その前後で人材開発、組織開発に携わり、現在はダイバーシティ&インクルージョンをテーマにコンサルタント、研修講師として活動しながら更に探究中。

卒業・修了した大学・大学院
国連平和大学(コスタリカ)ジェンダーと平和構築学修士
アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン)国際政治学修士
入学年月(年齢):2015年6月入学(35歳)
修了年月(年齢):2016年12月修了(37歳)

卓球に打ち込んだ学生時代。取捨選択の大切さを学ぶ

————まずは、藤原さんの経歴をお聞きします。大学の学部からお伺いできますか?

大学は、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現、スポーツ科学部)卒業です。途中で辞めてしまったのですが、最初は体育会の卓球部に所属していました。1年生のときは真剣に卓球に打ち込む生活でした。

————中高生の頃も卓球をしていましたか?

はい。中学生のときは全国大会に出場しましたが、高校はインターハイに行けませんでした。高校は普通の公立の進学校です。高校の卓球部では物足りなかったので、どんどん外に練習しに行っていました。強い学校に行ったり、地域のおじさんを捕まえたりして、練習相手をしてもらっていましたね。

 

————ありがとうございます。早稲田大学の卓球部に行く決め手について教えてください。

高校2年生のときに卓球の進路をどうしようかなと思っていたんです。実業団や留学、大学進学などで迷っていました。進路にちょうど悩んでいるとき、大学生の全国大会を見に行ったんです。当時は青春18きっぷを使って、1人で福岡に行きました。会場に着いて、いくつもある大学の中から早稲田のベンチを見て、このチームであれば私は伸びるなって思ったんです。

実は私のプレイスタイルは少し独特です。ほとんどの人はフォームありきだと思うのですが、私は気功、合気道や太極拳からプレースタイルを学んでいました。そのため体育会系のトップダウンの指導に自分のプレイスタイルを合わせると、実力は伸びないと思っていました。

そのときの早稲田は、選手が主導で練習メニューを組んでいるチームでした。大学によって練習方法や指導方針はかなり変わります。早稲田は、学生主体だったので、「ここなら自分は伸びるな」と思ったのです。とくに学力は気にせず、卓球基準で早稲田に行くと決めて勉強しました。そのため成績が足りなかったので、受験勉強に苦労しました。結局、早稲田は6学部受けて、そのうちの人間科学部だけに受かりました。

 

————へえ、面白い!大学の卓球部時代に得られた経験って今に活きていますか?

今に影響しているのは、自分で取捨選択することです。さっき言った通り部活だけでは物足りなかったので、強い高校の門を叩いて「練習させてください」って言ったり、市民体育館に行って、おじさんやお兄さんを捕まえて練習させてもらったりとかしていました。そうすると、いろいろな人が良かれと思ってアドバイスしてくれます。しかしすべて聞くと混乱してしまいます。なので中高生なりに「はい。ありがとうございます」と言って、聴きながら情報を取捨選択していました。

 

————それはあまりにも言われすぎたから「選択しなくちゃ駄目だな」って自分の中で思ったのでしょうか?それとも元々自分で選ぶのが良いなって思っていたのでしょうか?

両方ある気がします。自分で取捨選択しようと思ったのは、中学生のときですね。中学生のときは、塾にも通っていたんですけれど、「塾に行っていたら、お兄さんたちと練習してもらう時間がなくなる」と考えて辞める選択をしました。塾行くのが嫌だから辞めるのではなく、「いつまで私は人に教えてもらって勉強するんだ。自分で勉強するから、塾を辞める」と言いました。そういった経験を通して、自分で選択するようになったと思います。

 

視野を広げたくて卓球部を退部

————さっきポロッと「卓球部を途中で辞めた」っておっしゃっていたと思います。なぜ辞めてしまったのでしょうか?

そうですね。卓球部は、非常に恵まれた環境だったのですが、一方でいろいろな縛りがありました。例えば、他のサークルへの入部やアルバイトは禁止です。練習へのコミットが求められていました。私は卓球部のルール自体は嫌いではありません。しかし、早稲田大学という大きな環境にいるのに、友達も卓球部の人しかいないのは、少しもったいない思いがありました。

また、なぜか「海外に行きたいな」と考えていました。理由は無いのですが、20歳になる前に1度海外に行っておく必要があると感じていました。実際に19歳のときに3週間ぐらい休みを取って、フィンランドにホームステイに行っています。体育会系の部活では、3週間部活を休むことはありえません。ホームステイ先は卓球が中国と並ぶほど強い、スウェーデンを希望していました。しかし、当時は英語を話せず、海外に1度も行ったことがない状態だったので行けません。代わりに大学にある生協のホームステイプログラムで見つけたフィンランドに行きました。

 

————なるほど、フィンランドに。海外に行かねばという何か突き動かされるものがあったんですか?

そこはもう、理由はわかりません。

「残りの3年間卓球を続けても、福原愛選手のようになれないだろうな」みたいな思いが出てきて、ただホームステイを通してこのまま卓球部にいるのはもったいないと思って、辞める決断をしましたね。

 

————そうか、ここでもしっかり自分で決めているんですね。

そうですね。

 

ファーストキャリアは韓国のリーダーシッププログラム開発

————早稲田大学を卒業されて韓国に行ったとお聞きしました。韓国や海外にのめり込んだきっかけはありましたか?

そうですね。国際交流プログラムで1度中国と韓国に行ったことがありました。そのときに韓国との繋がりができましたね。また、日本にいるときに非常にお世話になった先輩が在日韓国人の方でした。

在日韓国人の方は文化的に似ているけれど、やはり少し違う。なんか近い距離感で、おせっかいなくらい面倒を見てくれる印象でした。当時私は、心の奥で人となんとなく距離を作って、人間関係を形成していました。そのため、先輩のおせっかいさが結構ありがたかったですね。

 

————韓国では、1年目から就職したんですか?

最初は、語学留学として高麗大学の語学学校に行きました。在学中の夏休みにサマープログラムに参加して、非常に良かったのを覚えています。このサマープログラムは、その後仕事することになる現地の大学生を対象とした、体験型のユースリーダーシッププログラムでした。

 

————では、最初は語学学生として韓国に行って、その後プログラムを作る側になった?

そうです。作って提供する側ですね。今では、私の拙い韓国語でよく雇ってもらえたなって思います。

 

————なるほど、ではファーストキャリアは、韓国のリーダーシッププログラム開発だったんですね。

そういうことになりますね。

 

帰国後はコーチング会社へ就職。コーチングのパワフルさとは裏腹に限界も感じる

————その後は日本に帰って来て、就職されたのですか?

はい、帰ってきてから人材教育会社に転職しました。その後は、リーダーシップやコーチングのプログラムを提供しているCTIジャパン(現株式会社ウエイクアップ) に就職します。このときは新卒で就職活動をしたことがなく、日本のビジネスマナーをまったく知りません。そのため、名刺交換の仕方やメールの書き方、一般教養がゼロで1番大変な時期でした。

 

————確かに大変ですね。最初の人材教育会社に転職するのは、4年間の経験からなんとなくわかるなって思いました。しかし次に軸足をずらしたコーチングの分野に進んだのはきっかけがあったんですか?

私の中では、すべてつながっていて、同じ領域だと考えています。

韓国で仕事をしていたときに、リーダーシッププログラムの中で私が担当していたことは、1対1のコーチングでした。具体的には、頑張ることや学びたいこと、これから自分がなりたい姿、今抱えている課題とそれにどのように取り組むかなどを話していました。最初は独学でしたが、体系的に学ぶにはどうすれば良いんだろうと考えて、コーチングに出会いそのまま学んでいきました。

 

————なるほど。コーチングを学んで感じたことなど教えてください。

コーチングに出会って、1対1で関わることの人生への影響の大きさやインパクトの強さを感じました。先ほどのCTIでも、コーチングを学び始めます。しかし学んでいるうちに1対1はパワフルなんだけれども、同時に社会を変えるには限界があるなと思って、組織開発も勉強し始めました。

またCTIジャパンのコーアクティブ・リーダーシップ®・プログラムにも参加しました。コーアクティブ・リーダーシップ®・プログラムは、自分のリーダーシップをいかに発揮して、自分の人生を生ききって、社会にどういうインパクトを残していくかというものです。10ヶ月の本格的なプログラムで、こういったものも自費で学んでいました。

学んでいるうちにふと「いろいろ学ぶのは良いけど、結局学んだことを誰のために何のために使いたいんだろう」と考えることが増えました。そのようななか、自分がコーチングを受けたときに「国際協力と交差点」というキーワードが降りてきて、JICAの青年海外協力隊に行くことを決意します。

 

やらないで後悔するよりは、やって後悔した方が良い。その思いから青年海外協力隊へ

————このタイミングで青年海外協力隊へ行くって、勇気のいる行動だと思います。そのときの心境を教えてください。

当時30代で、28歳で帰国して大変だった経験がある私にとって会社員を辞めて出ていく不安はありました。青年海外協力隊に行って、戻って30代中盤で仕事に就けるのか、社会に戻れるのかとても不安でした。

しかし私の中で1番大きかったのは、「やらないで後悔するよりは、やって後悔した方が良い」という思いです。年を重ねてから「若いときに行っとけば、良かった」って後悔するよりは「今貧乏で大変なんだけれど、行って良かったよ」と考える方が良いかなと思いました。この思いが強くて、青年海外協力隊に行きました。

 

————青年海外協力隊にはいつ行ったのですか?

2013年の1月からですね。2015年の1月にニカラグア共和国から帰国しました。

 

————派遣される国は、自分で決められますか?

希望は出せますが、通るかどうかはわかりません。

私の場合は希望が通っています。希望の1つ目は、語学ですね。英語かスペイン語圏希望でした。その後語学が活かせると良いなと思っていたので。そして、ジェンダーとセクシュアリティに関わる活動をしたいなと思っていました。そのプロジェクトのある国を希望していて、ニカラグア共和国が条件に合っていたので、希望し、派遣されました。

 

————ニカラグア共和国で担当していたのは、妊婦さんのケアでしょうか?

そうですね。仕事のパートナーが妊婦さん向けの母乳育児やジェンダー・セクシュアリティに関するワークショップやミニセミナーをやっていたので、そのサポートをしていました。他にも私は小学校・中学校へ行って性教育をしていました。

 

青年海外協力隊として働きながら、コスタリカの平和大学を受験

————青年海外協力隊として働きながら、隣のコスタリカの大学に入学しようと思った理由を教えてください。

将来の選択肢の1つに、国際機関で働きたいなと思っていました。しかしそこで働くためには、3つの条件があると言われています。1つが現場での経験。もう1つは英語力。最後は、マスター以上の学歴。

私はニカラグア共和国での現場の経験がギリギリあるくらいで、英語力もマスターもない状態です。そのタイミングで隣の国のコスタリカに大学院があり、日本財団の奨学金で通えることを知りました。ニカラグア共和国にいるときに1回大学に見学にも行って、雰囲気とかも見て良かったので、国連平和大学の受験を決めました。

 

————実際に受験の準備中の印象に残っていることを教えてください。

私は、英語のスコアがまったく足りなかったので、普段スペイン語圏で生活しながら、家では英語を勉強していました。ニカラグア共和国で、合計3回ぐらいTOEFLを受けています。

 

————私はニカラグア共和国に2〜3日くらいしか滞在したことがないのですが、あの環境で働きながら英語も勉強されていたんですね。

大変でしたね。もうこの試験に落ちたら、出願に間に合わないというところで合格しました。合格ラインが60点で、私はギリギリ61点取れました。

 

————奨学金は、日本財団のものを使ったんですか?

はい、私は9期生です。

 

————奨学金も、大学院入学の後押しをしてくれたっていう感じですかね。

そうですね。私はこの制度に出会っていなかったら「大学院に行く」という選択はしていなかったかもしれません。私にとっての程よいハードルだったかなって思います。

 

1年6ヶ月で2つのマスターを取得。さまざまな背景を持った学友とのつながりは財産

————藤原さんは、アジアンピースビルダーズ奨学金プログラムを利用して、マスターを2つ取ったとお聞きしました。プログラムについて詳しくお聞かせいただけますか?

私が利用したプログラムは、デュアルディグリープログラムを採用していました。フィリピンとコスタリカで学習するプログラムです。私は英語力が足りなかったので、最初に2ヶ月早くフィリピンに行って、英語の補講を受けました。その後、英語ができる人が合流して、フィリピンで数ヶ月間勉強して、コスタリカで11ヶ月ぐらい過ごし、最後フィリピンに戻ってきました。

フィリピンで卒業要件を満たすために、グループでのフィールドワークをします。ただ私は論文も書きたかったので、最後にフィールドワークと修士論文を書いて卒業しました。プログラムの修了要件は、フィールドワークで長めのレポートを書くことのみです。

 

————ありがとうございます。通っていた大学の学部についてお伺いできますか?

コスタリカの国連平和大学は、専攻がジェンダーと平和構築学(ジェンダーアンドピースビルディング)でした。フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学の方は、私のチョイスではなく、奨学金プログラムにどちらかというとくっついてきたって感じですけれど、専攻は国際政治学でした。

 

————すごいな。この2つを一気に取れるんですね。授業や生活はどうでしたか?やはりやりたいことやれたなっていう実感はありますか?

非常に満足しています。国連平和大学は、学力的にレベルはあまり高くないと思います。学生は100人くらいしかいませんでした。しかし40カ国からさまざまな背景の学生が集っており、ダイバーシティの濃度が濃い中で学べたのは、自分にとって非常に大きな財産になっています。

例えば、ミャンマーからの留学生で、クチン族っていう少数民族出身の方がいました。彼は人権活動をしていて、2回投獄されたことがあり、本名は公にはできないと言っていました。もちろんムスリムの人やシーク教の人などいろいろな宗教の方もいました。また南スーダン出身で、難民としてアメリカに行ってアメリカ人として、国際法を学んでいる人もいました。「俺の国に帰ったら、法律なんて機能していない。女とか子どもとか力がないものはナッシングだ」と言っていました。学内での人との繋がりは、私にとって大きな価値がありました。

 

————そこで出会った方は平和とか、国際協力、国際政治について学びたいと思ってきているのですか?

国連平和大学は大きく3つの学部に分かれていて、1つが法律関係ですね。国際法関係の法律関係の学部で、ここには弁護士とかそういう法律のバックグラウンドがある人がたくさんいました。もう1つが、環境系でサステナビリティを学ぶ学部です。最後に平和学。私のジェンダと平和構築学はその平和学の中に紐づいています。平和学の中でも本当に紛争解決を学ぶ人もいれば、ジェンダーの切り口から学ぶ人もいる。他にもメディアっていう切り口から学ぶ人もいましたね。

 

————平和学部に在学している学生は100人ですか?それとも3つの学部を合わせて100人ですか?

3つの学部で、100人ですね。

 

————すごく密に学べますね。ダイバーシティの中でピースビルディングについて学べるって、1番良い環境だと思います。

そうですね。

教授も常駐ではない方が多かったので、3週間の集中講義の後5日間ぐらい休暇があるというスケジュールでした。休暇中にコスタリカや中南米を旅行できたことは良かったです。

 

ダイバーシティの問題は、“みんな違ってみんな良い”では片付けられない

————大学での学びは、今の仕事につながっていますか?

はい。体験的にダイバーシティに触れたことは大きいです。コンサルタントや研修の講師をしていて思うのは、ビジネスの文脈とリアルな世界での格差とか人権も含めたダイバーシティは、若干飛躍があることです。しかし、根底ではつながるところがあるのかなと考えています。

 

————実際に、ビジネスで起きていることと、生活に根ざしたところで起きるダイバーシティやジェンダーの問題の共通点は何でしょうか?

私は「みんな違ってみんな良い」だけでは、ダイバーシティの話は進まないなと思っています。そういった考え方も一理あるかもしれません。しかし力がある側が、良かれと思って作った構造や仕組みの中で、力のない側がいないことにされていたり、周縁化されてしまったりしている現状もあると思います。つまり力関係と構造、排除の話ですね。

この問題点に気がついて、いかに排除の反対のインクルードをしていくのか。また、なかったことにしないで、お互いにとってベターなものって何だろうって話すことが大事だと思っています。そういう構造的な話は通じるかなと思っています。その中で自分が力がある側のときに、どう声を上げて、力を使っていけるかを考える必要がありますね。

 

————本当にそうですね。日本社会で女性活躍が叫ばれていますが、同じ構造だと思います。

 

女性活躍のためには風土や文化づくりが大切

————藤原さんにとって、女性活躍ができる会社を目指すために必要なことはなんだと思いますか?

最近、女性の管理職を増やさなきゃいけないって言って、みんな頑張っていると思います。しかしだいぶ前から同様の取り組みをしているため、上に上げられる人は上げきって、もう次の人がいないという問題があります。また今研究をしているところにもつながりますが、いくら採用しても風土を作らないと人は育たないし、すぐ辞めてしまいますよね。そのためただ採用するのではなく、風土とか文化を作って、土壌を耕すことが大事かなと思います。

さらに女性活躍のことを理解してくれる影響力がある方に出会って、まだ数は多くないかもしれませんがその人にリーダーシップを発揮してもらいながら、いかに変容をしていけるかも大事です。この問題は、アライシップやインクルーシブ・リーダーシップに当てはまると思います。

 

————ありがとうございます。こういった問題は時間がかかるからずっと取り組み続ける必要がありますよね。

短期的な成果を求めようとするから、うまくいかないのかなと思いますね。しかし株主からは短期的な成果を求められるっていう、そこの難しさは社会全体にあります。

 

————そうですよね。

四半期ごとに、成果を出すのは辞めた方がいいかなと私は思うんですよね。

 

今後はD&IやDEIの視点を取り入れた働きかけをしたい

————先ほど1対1じゃできることが少なくて、1対多数で影響力を持たせていろいろ活動したいという思いもあって、組織開発とかの道も選択肢として入れ始めたっていう話があったと思います。今後どのようなことをやっていきたいかとか、何か世の中が少しでもこちらの方向に動いたら良いなとかお伺いしてもよろしいですか。

今後は、組織や人が本来ありたい姿を実現していく働きかけの中に、D&Iの視点、最近はDEIと言われている、ダイバーシティ&インクルージョンに加えて、エクイティという社会的公正や公平、フェアネスとかの視点を取りいれた働きかけができないかなと思っています。個人的にはそういったのも含めて、インクルーシブ・リーダーシップ・プログラムのようなものを展開していきたいです。

 

————ありがとうございます。最後に大学院進学に迷っている方向けにメッセージいただけますか?

大きな選択をするときは、ある意味、目の前が真っ暗でその先の未来が見えないと感じることもあるかもしれません。でも、何か自分が引かれていたり気になってたりするものに、「これかな」と思って足を踏み出してみると、意外と真っ暗な中にも踏み石があって大丈夫だったみたいなことはあります。踏み外してしまったり、踏み出して石がなかったという時でも、また起き上がればいいし、私たちにはその力があると思うので、心が動く方向へ踏み出してみると良いのではないかと思います。

 

————本当にそうですよね。私も勇気を出して一歩踏み出すのは、大切だと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました!

 

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