働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は、立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科を修了された大原康子さんです。
3人の男の子のママになり専業主婦として生活していた大原さんは、シングルマザーという社会課題の当事者になったことから、女性が子どもを育てながら働く環境が必要だと思い、起業を決意。そのためには、社会できちんと意見できる自分になるための知識が必要だと考え、大学院への進学に踏み切りました。
多様な人たちと対話を重ねながら課題解決を目指す21世紀社会デザイン研究科で学び、女性たちが自分の望む人生を送るための支援を行う一般社団法人を立ち上げました。学びの目的や得られたことだけでなく、子育てしながらの大学院生活ならではのお話もたくさん伺えた、充実のインタビューです。
1978年生まれ。三人の息子を育てるシングルマザーであり、社会起業家、研究者。美術専門誌の編集者、広告代理店営業を経て、出産を機に退職。7年間の専業主婦期間に夫が他界しシングルマザーとなる。2015年フリーランスとして独立/母親を中心とした制作チーム代表就任。2019年立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科入学(2022年終了)。2021年女性の働き方を支援する「一般社団法人ルータス」設立。代表理事就任。専門は、シングルマザー及び女性の働き方/母子世帯の貧困/ジェンダー。
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note : https://note.com/ohara_yasuko
卒業・修了した大学・大学院:立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科
入学年月(年齢):2019年4月入学(40歳)
修了年月(年齢):2022年3月終了(43歳)
●疑問なく仕事を辞めて専業主婦生活へ
—————まずはご経歴から聞かせてください。
私は高校の頃から市民劇団で活動して舞台俳優を目指していたので、大学には行かず劇団の研究所に進みました。高校は普通科で大学に進学する人が多かったのですが、演劇に夢中でしたし、人と違う道に進むことに躊躇はありませんでした。
22歳ぐらいで俳優の道を諦めて、出版社に就職しました。大卒が条件だったのですが、無視して応募したら面接してくれて、採用されたんです。現代陶芸の専門誌の編集者として働いていましたが、小さい会社だったので広告営業や印刷立会い・編集など、ひと通り経験しました。思えば、その経験が今に活きていると思います。
その出版社から老舗の広告代理店に転職し、営業職に就きました。出版の仕事も広告代理店も興味がある分野だったので、ハードでしたが楽しかったですね。体調を崩したこともあって退職し、他の会社で事務職に就いた後に結婚・妊娠で退職しました。5年間で3人の男の子が生まれて、7年ぐらいガッツリ専業主婦をやっていたんです。
—————男の子3人!にぎやかでしょうね。
動物園で暮らしているみたいですよ(笑)。当時は、自分が育った家庭環境の影響もあり、結婚して子どもを産んだら、家庭に入るものだと思い込んでいました。結婚や出産でキャリアが途絶えることについても、深く考えませんでした。
●シングルマザーとしてやむを得ずフリーランスに
—————その後旦那様が亡くなられて、シングルマザーに。
結婚して7年後でした。一番上のお兄ちゃんが小学校1年生、真ん中が幼稚園の年中さん、一番下は2歳でした。夫は自営業の一人親方でしたから、本当に明日からどうしよう、という状況になりました。とりあえず働かねばと思って、当時住んでいた町の役所に行って事情を話し、一番下の子を預かってくれる保育園を探そうとしたら、可哀想だけど空きがないと言われて途方に暮れました。ちょうど「保育園落ちた日本死ね」が話題になっていた頃です。
待機児童リストのトップに入れてもらえたのですが、夫が亡くなったのは5月で新年度が始まったばかり。これではいつ入れるかわかりません。結果的に、それまで内職程度でライターの仕事をしていたママの制作チームで、本格的にフリーランスとして働いていくことになりました。
—————お子さんたちが全員小学校や保育園に行っていたら、違う働き方だったかもしれませんね。
そうですね、望んでフリーランスになったわけではなく、それしか仕事をする方法がなかったんです。身近にフリーランスとして働いている人はいませんでしたし、そもそもちゃんと会社に入った方がいいのではないか、と思っていましたから。状況が違えば、とりあえず一度就職しただろうと思います。
—————制作チームではどのように仕事をされているんですか?
制作チームは、仕事毎にフリーランスで働くママたちを編成するギルド型です。ひとつのプロジェクトが終わったらチームを解散して精算するスタイルで、当時としては比較的新しい働き方だったと思います。同じぐらいの年齢の子どもを育てているママたちが集まっていたので、チームとしての協力体制がすばらしかったですね。伝言も非常に丁寧ですし、パス出しも絶妙。お互い、子育てという一種のハンディキャップを持ちながら仕事をしているから、相手の立場や気持ちがわかることが働きやすさにつながっています。
●社会の一員として戦う言語を持つために学びたい
—————大学院への進学を考えるきっかけは何だったのでしょうか?
制作チームを取りまとめながらも、ママたちの働き方についていろいろと考えていました。それまで一緒に働いてきたママたちは、元々デザイナーやコーディングのスキルがある人たちなので、私のチーム内だけでなく、フリーランスとしてさまざまなクライアントと仕事ができます。ただ、特別なスキルやキャリアを持たない人たちもいますよね。そういうママたちの話も聞くうちに、キャリアを持たないママたちはどうしたらいいだろう、と考えるようになりました。
私自身もフリーランスとして働く間、さまざまな問題に直面してきました。原稿の締め切りと子どもの発熱が重なると、大変です。特別な贅沢がしたいわけではなく、ただ子どもにご飯を食べさせて、子どもが望む教育を与えたいだけなのに、なぜこんなに苦労しなければならないんだろう?「日本の女性が働いて子育てするって、無理なことなの?!」とだんだん腹が立ってきました。
私は予備知識もなく、突然シングルマザーという社会課題の当事者になりました。この経験はかなり強烈でした。「社会はどうなっているんだろう?私は今どこにいるんだろう?」という問いが湧いてきました。また、同じように困っているシングルマザーや働くママたちのためにも、この状況を解決する会社を作りたい、社会に対して働きかけていきたい、と考えるようになったんです。
—————この思いが進学につながるんですね。
初めに構想していたのは、地域の中小企業から地域のママたちが仕事を受けて在宅で働くチームを作り、法人化することです。子育ては地域に密着していますから、子育てをしながら長く働くためには地域の企業と仕事をするのが一番いいと考えました。
でも、大学も出ていない、一貫したキャリアを持たない私は、企業の経営者ときちんと話せる言葉を持っていないのではないか。社会のことを学ぶために、大学院に進学するのもいいのではないかと思ったんです。
—————経営者など社会の第一線にいる人たちと、肩を並べて一緒に問題解決していきたいということですね。
残念ながら、日本にはまだまだジェンダーバイアスも存在しているので、シングルマザーである私が、私の立場で「女性が、ママが」という言い方をするだけだと、女性の問題として片付けられて耳を貸してもらえないのではないか、と思ったのです。そうではなくて、社会の一員として意見し、この状況を作り出している社会の仕組みをロジカルに説明した上で解決策を提起したい。そのためにどうすればいいか考えて、大学院で学ぶことを選んだということです。
●人生の師匠との出会い、そして立教へ
—————立教の21世紀社会デザイン研究科を選んだ理由は何だったんでしょう?
調べてもなかなか「これだ!」という大学院にめぐり会えずにいた時に、見つけたのが立教大学大学院の21世紀社会デザイン研究科だったのです。社会起業家やNPO団体の代表の方などが在学・卒業し、先生方にも実務家が多くいらっしゃいます。
決め手は、相談会で萩原なつ子先生とお話ししたこと。先生は、SDGsが取り沙汰される前からジェンダーや女性の社会参画研究の先駆者として活躍されていらっしゃいます。研究はもちろん、女性としての生き方も含めて私の人生の師匠です。萩原先生がいらっしゃるところに入る!と決めて、他の大学院は受けませんでした。
—————受験準備はどのくらいの期間でしたか?
約1年でした。受けようと決めた時は9月頃で既にその年の申込みが終わってしまっていたので、翌年の秋の受験を目指して勉強を始めました。私は大学を出ていませんから、まず初めに大学院独自の認定資格試験を受けなければいけません。その準備として英語の勉強をしました。
研究計画書は、仕事仲間や社会起業家の方などに見てもらって作成しました。当初の研究テーマは、地域の母親と中小企業との協働可能性についてです。私がフリーランスやママたちの制作チームでやってきたことを社会実装できるかどうか、研究したいと考えていました。
研究計画書は本来なら大学院に進学した方にチェックしてもらうほうが良かったのかもしれませんが、自分がやりたいことを理解してくれている方たちにお願いしたことで、思いの整理もできました。
—————学費はすべて自己負担だったのでしょうか?
いえ、立教独自の奨学金を受けて、全体の4割程度を賄いました。返済なしの奨学金でかなり助かりました。外部の奨学金ももっと調べれば良かったのかもしれませんが、申請にはいろいろと手間がかかるんですよね。子育てしながらだったので、立教の奨学金の対応だけで手一杯でした。
●対話し理解し合うことが課題解決への近道
—————大学院での学びの中で、最もよかったと感じていることは何でしょうか?
社会人大学院の良さは、同じように社会に出たからこそ社会の課題に気づいている人たちと常に対話できることだと思います。特に21世紀社会デザイン研究科は、相手を言い負かす議論ではなく「対話」を重視しています。それにはまず、傾聴の姿勢が大切です。
例えばフェミニズムは、女性の権利だけを優遇するのではなく男性も女性もお互いに認め合って生きていこう、という思想です。男性だって困っていることはたくさんある、お互い胸を開いて話せば男女が助け合えるパートナーだとわかります。人の気持ちも社会の課題も非常に多様ですから、一方的なアプローチで解決することはできません。互いの立場を述べ合い、理解し合おうとし続けることが課題解決につながります。同級生たちと一緒に、こうした対話の実践に取り組み続けた時間は、とても豊かで有意義なものでしたね。
—————21世紀社会デザイン研究科では、すべての授業が対話ベースなんですか?
いろいろなスタイルがありました。社会学の歴史や哲学、「対話とは何か」を考える授業もありましたし、授業のテーマに合わせた研究発表をすることも多くありました。能動的な授業が多かったと思います。貧困支援に取り組む方など、社会起業家の実践的なお話もたくさん聞けましたし、実際に経営戦略を見ていただく機会もありました。アプローチの豊富さを知ることもできて、自分の研究にも自信を持てるようになりました。
同期には看護師・主婦・カウンセラー・製薬会社勤務・公務員など現役で働いている方はもちろん、リタイアされた方も多くいらっしゃいました。学部を卒業したばかりの20代から70代まで、年齢も幅広かったんです。そのせいか、ひとつのテーマについて対話しても、それぞれの立場で異なる見え方や意見が出てくるのが面白かったですね。社会学の領域はとても広く、生活に根付いた学問ですから、まだまだ学ぶべきことがたくさんあると思っています。
●ママの学びを通じて多様性を知った子どもたち
—————子育てしながらの大学院進学、どんな日常生活を過ごしていらしたのでしょう?
1年目は、実家から通っていました。でも、夜間の大学院なので最後の授業を受けて帰ると深夜12時ぐらいになってしまうんですよね。仕事の兼ね合いもあったので、2年目からは大学院の近くで暮らしていました。
コロナ禍になる2年目の途中までは対面授業でしたから、夜2時間ぐらい家を空けなければなりません。上の子が6年生、真ん中が4年生、下の子は保育園の時です。初めは民間のシッターさんに頼んでいましたが、他に方法はないかと考えていたところ、ちょうど昼間の授業で二人の留学生と知り合ったんです。二人にお願いして、彼らの授業の後に家で一緒に夕食を食べ、私が授業に行っている間は交代で留守番をしてもらうことにしました。留学生にとっては、リアルな日本の家庭を見ることも家庭料理を食べることも、面白かったみたいです。
もう一つ良かったことは、子どもたちが国籍の垣根なく人を見ることができるようになったことです。二人が代わる代わる家に来てくれるうちに、子どもたちが「みんないい人たちだね」と言うようになりました。国籍ではなく一人ひとりと関わる大切さを、体感できたのだと思います。コロナでオンライン授業になってからは、4人で晩ご飯を食べて、食べ終わったら隣の部屋で授業を受けて、そこに子どもたちも自由に出入りするという生活を送っていました。対面授業でないのは残念でしたが、助かった面もありますね。
—————お子さんたちはママが学んでいることについて、どう思っているんでしょうね。
ウチはちょっと変わっている、ということはわかっていますね。普通の家のママってこうなの?家はこんなに本だらけなの?って聞かれるので「違うと思う」と答えています(笑)。
それに、萩原先生は非常に子育てと学業の両立に理解をお持ちなので、コロナ前は土曜のゼミに子どもたちを連れて行っていたんです。もちろん子どもたちは飽きてしまって、漫画を読んだりゲームしたりしていましたが、耳学問で何となく授業を聞いていたようです。私がやっていることも何となく理解していて、今小6の次男はそれなりに、ジェンダーを語っていますよ(笑)。関係ある内容のニュースをやっていると、ほら、ママがやってるヤツだよ、と教えてくれることもあります。いろいろ苦労もかけたし寂しい思いをさせたと思うけど、彼らの人生に考えるきっかけを作ることができたんじゃないかな、と思っています。
—————ママが勉強してるから僕も勉強しよう、と思うんでしょうか?
それはちょっと違うかな(笑)。でも、家にはたくさんの大学院の仲間が遊びにきたり、ご飯を食べにきてくれたりして、子どもたちも、すごくかわいがってもらいました。あんなにいろいろな大人に関われる子どもたちも、なかなかいないんじゃないでしょうか。しかもいつも熱く社会を語っている少し風変わりな大人たちですから、面白かったんじゃないかと思いますね。
●家事育児の負担を減らすコミュニティ作りを
—————卒業されてから約4ヶ月ですが、起業されたのは在学中の2021年11月ですね。
卒業してから社団法人を作る予定だったのですが、うっかり大学院に3年通うことになり予定が変わりました。入学する時から会社を作りたいという思いがあったんですが、大学院で出会った仲間が二人加わりました。
在学中に「フリーランスとして働けるシングルマザーを増やせないか」と考えるようになって、当初考えていた地域企業との協働から研究テーマが変わりました。その後、法人の方向も少し違うものになりました。コンセプトは「どうすれば女性が望む人生を歩むことができるのか」。現在は、フリーランスという働き方に拘らず、シングルマザーが経済的自立を果たすことを目的とした事業計画もようやく決まり、最初の一歩としてシングルマザー向けのコレクティブハウスを作るために動き始めました。
どんなに働く機会があっても、母親は家事と育児から解放されなければ働くことができません。自分の1日のスケジュールを円グラフで書いてみると、8時間働いて、さらに5時間ぐらい家事育児の時間がある。まず、これを削らないと駄目じゃないかと考えています。研究の際、シングルマザーの方たちに「今のキャリアからステップアップするにはどうすればいいと思うか」と尋ねたら、「勉強したい」と答えた方が多くいらっしゃいました。そして勉強を阻む要因は、やはり「家事育児で時間がない」「お金がない」ということでした。この中で少なくとも家事育児の負担は減らせると考え、後押しとしてコレクティブハウスやサービス作りを進めているところです。
将来的には、シングルマザーだけではなく家族世帯も一緒に住んでいただくことや、食事やケアのサービスを地域の方たちに向けて開いていくことも考えています。
—————そうやってキャッシュポイントを作りつつ、シングルに限らず地域で子供を育てたい人に向けて事業を展開していくということですね。
そうです、子育ての悩みはシングルマザーであろうとなかろうと、変わりませんから。近くに悩みを吐き出せる仲間が住んでいることが大事です。子どもにだけ向き合っていると、お母さんの気持ちが行き詰まることもありますから、子どももお母さんも一息つける場所が生活の中にあるといいと思います。少し前の日本にあったような地域コミュニティを、まずはコレクティブハウスの中に実装していきたいと思っています。
●大学院について調べている人は行ったほうがいい
—————10代の頃は大学に行かない選択をした大原さんが、あらためて大学院進学を選ばれた大きな理由はタイミングだ、とおっしゃっていますよね。
大学院に行く決断をするまでは、何を学ぶべきなのかわかっていなかったのだと思います。「このタイミングで行けた」ということは、「このタイミングで自分の中にちゃんと問いが立てられた」ということです。しかも私の場合、その問いが自分の人生に大きく関わることだった。だから、大学院は自分の人生をもう一度生き直すきっかけだったということかもしれません。
そもそも、若い時は社会学なんて全然興味なかったですし(笑)。あのまま高校から大学に行ったら演劇部に入って授業も受けず、大学で学ぶ意味がほとんどない学生時代だっただろうと思います。シングルマザーになって大学院に行く前と後の私は、別人です。私は問いを見つけて自分に向き合うことができた、今の私の方が好きです。
—————大学院進学にたどり着く理由は人それぞれだと思いますが、大原さんはどんな人に進学を勧めますか?
大学院進学を調べ始めちゃった人、ですかね。働きながら大学院に行こうとはなかなか思わないようなので、調べているのは行きたいから。それなら行ったほうがいいと思います。迷っている人は、行かない理由を探しているだけなんじゃないでしょうか。
私が大学院に通い始めてから、身のまわりで同じように子育てしながら大学や大学院に進学されたママが数名いらっしゃいました。中には大原さんがやれるなら、私にもできるはずだ、と思ってくださった方もいるようです。「やる」と決めてしまえば、どんなことでもやれないことはないと思います。
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