守り続けたい事業を支える学び グロービス経営大学院

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」

今回は、グロービス経営大学院で学ばれた長谷川稔子さんです。

女の子はお嫁に行って家庭に入るものだ、と周囲から可愛がられ大切に育てられた長谷川さん。ご自身もそういうものかなと素直に育っていく中で、長く続く家業を受け継ぎ守っていきたいと考える転機が訪れます。長谷川さんのグロービスでの急成長ぶりと、学びがダイレクトに活きるファミリービジネスの行方についてお話を伺ってみました。

長谷川 稔子さん

大学卒業後、スーツ生地卸業を本業に、セレクトショップ運営と不動産業を営む家業に入社。現在はセレクトショップを運営。仕入れからWEB発信・接客販売までを一貫して担当。骨格診断士・ファッションスタイリスト。

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グロービス経営大学院
入学年月日:2020年4月入学

卒業年月日:2022年3月卒

仕事は腰掛、女は嫁に。

————昭和15年からの家業だと伺いました。すごいですね!

祖父の始めた事業が創業82年を迎えます。父が2代目で私たちの世代が3代目ですね。

私は3人兄妹の末っ子で、兄・姉・私の構成なのですが、田舎にありがちな昔ながらの考えで、家業は当然長男が継ぐものとして育ちました。めちゃくちゃ昭和な家庭で、女はちょっと働いたらお嫁に行って家庭に入って......という道が正しいと育てられ、まぁ一種の洗脳だったと思うのですが、私も自然とそういう道を行くんだろうなと思って大きくなりました。将来バリバリ仕事をするつもりも無く、腰掛程度に働き結婚するのだろうなとイメージしていました。

大学に進学する際の学部選択も、将来のキャリアのための学問ということもなく、ゆるっと指定校推薦で無理せず確実に入れるところ、という感じだったと思います。商学部でも経済学部でも服飾関係でもなく法学部だったりするんですよ(笑)。

就活も、周りの子と一緒に同じような感じで活動していました。もともとファッションは好きだったので、よその会社の説明を聞きに行ったりしていたんですね。ところが、一般の繊維の会社だと「え、こんなに下積みいるん?」と思うことがたびたびありました。例えば、バイヤーの仕事ができるようになるまでに10年ぐらいかかったりするらしいとか。私の場合は家業の関係で、すでに学生のころから仕入れの現場に連れて行ってもらったりしていたんです。だったら家に戻って働いた方が実務的な経験をどんどん積めるし、そっちの方がいいのかなと思い、家に帰って入社しました。そのままずっと同じ場所で働き続けています。

————一度社会に出てから学ぼうと思ったきっかけは、事業を継ぐタイミングとかだったのでしょうか?

実はまだ継いではいないんです。私の父はいわゆる「生涯現役!」みたいなタイプなので、「あとは任せるわ〜」という具合にはなかなかならなくて。でもここ何年かで年齢的なこともあるのか、ちょこっと弱気な発言も出たり、次の世代に任せたときの少し先の話が出始めたりしている感じです。

今は兄妹3人とも一緒に仕事をしているので、誰か1人が代表して社長ってことになると、最初は「やはり兄なのかな」と思っていました。しかし、こういうことには向き不向きがすごくあるんですよね。いくら長男だからといってそれが会社にとってそれがベストとは限らない。むしろこの仕事が本当に好きで向いている人がする方がいいのでは?と思いつつ、とはいえ「女が前に出たらあかんのちゃうか」という葛藤をずっとしてきたという感じです。

父が「兄妹協業するような感じで3人で代表を継いだら?」と提案してくれて、最初はそれでもいいと思っていました。ところがそれから私が大学院へ通い始め、私の中で何か覚悟が決まったというか、1人で代表を引き受ける方が断然良いと考えがまとまりました。家族にそのような話もしていて、これから2~3年のうちに私が継ぐ方向で決まるのではないかと思います。

————ご家族の、特にお父さまの大学院進学への反応はいかがしたか?

父が思い描いていた姿とは違い、娘の私は結婚をせず家庭には入らず、会社の今後にも関わり守っていこうとしているわけです。私は私で、この現状に居ながら何も知らないというのは怖すぎると父に強く訴えていました。基礎だけでも学びたいと言っていた私に、そんなに勉強したいなら行ってみたら、という感じで父が返事をしてくれたのが結果的には学びへの後押しとなったわけですが。

しかし基本的に父は進学には反対でした。「そんなん勉強せんでいいよ」とよく言っていましたね。大学院で学んだところでそれは机上の空論で、実際の経営とは違うという考えが強かったんです。創業者である祖父は早くに亡くなったため、父は26歳のときからずっと社長をしてきています。現場で多くを学びここまでやってきたという自負もあるので、経営とは学校で先生から学ぶもんじゃないという前提がありました。最初のうちは「行っても役に立たんよ」といった言われ具合でした。

————そこまでの反対を押し切っても学ぼうと思ったのは、何もやらないよりは基礎だけでも、という感じだったんでしょうか。

そうかもしれません。

私はもともと知らないことを学ぶのが結構好きで、それこそ習い事ではじめた茶道や華道などもずっと続けていたんですね。茶道を習っている中で、素晴らしい先生とめぐり逢えて、その時に基礎をきっちり学ぶことの大切さを身に染みて感じました。その考えは私の中にしっかりと根付いていて、これは何事にも通じるのだろうとどこかで確信しているんだと思います。学ぶのならば、ちゃんとしたところで、ちゃんとしたものを、いい先生から学ぶ、という価値観が定着しているんです。

————————グロービスの単科からスタートされた長谷川さんが、本科へ進もうと思われたのには、伯母様のご病気のことなどが関係ありますか?

グロービスで出会った仲間との関係が1年で切れてしまうのが嫌だった、というのも大きかったです。単科の終盤になってみんなが進学すると聞いて、私も本科を受けようかなと思い始めたころ、伯母の病気が発覚しました。彼女は父と二人三脚でずっと会社を守ってきてくれた大切な人でした。その伯母が末期癌で3ヶ月の余命を宣告されたのは、ちょうど私が試験のエッセイを書いているころでした。伯母がここまで守ってきた場所を継いで私が守り続けたいという思いに駆られました。何か使命感のようなものに導かれているような感覚があり、覚悟を決めたという感じです。伯母も単科のころから私の学びを見守り応援してくれていました。

ファミリービジネスならではの視点を知る

————進学先にグロービスを選択された理由はどういったものだったのでしょうか。

たまたまですが、2人の友人がグロービスで学んでいて、同じぐらいのタイミングでグロービスが良かったという話を聞いたからです。

1人は事業承継して社長になり、グロービスで「ファミリービジネスマネジメント」という事業承継の立場にある人だけが受講できるクラスを受け、それがすごくよかった、と勧めてくれました。もう1人は大企業勤めで、会社の研修の一環でグロービスの「クリティカルシンキング」という授業を受け、それがとても良かったという話をしてくれたんです。全くつながりのない友人たちから「グロービス」という名前を聞き、調べてみたら体験会があり、すぐに申し込みました。

————「ファミリービジネスマネジメント」という科目があるんですね。実際に受講されてどうでしたか?

大学院で学ぶビジネスというと、めっちゃ成長させて変革させて...みたいな話が多いと思います。私もそういった授業をずっと受けてきて、卒業間際の最後の学期で「ファミリービジネスマネジメント」を受講したんです。ファミリービジネスというのは、どちらかというと、どんどん大きくなるのが正解というわけでもないんです。「細く長く続く」とか「0.5%の成長でも長く続けることが大事」「100年企業」みたいなところがあり、それまでの学びとは考え方の違いが大きいんです。

どんどん伸ばして成長させるのが正解と言われてきた学びの中で「とはいえファミリービジネスは違う、という視点を持っていていいよ」と最後に言っていただけたのが、私の中では全ての学びが最後ストンと腑に落ちて、このクラスを受けて本当に良かったなと思っています。最後に良い締めくくりを得られました。

ふわっと「志迷子」が腹を括れたワケ

————グロービスを卒業した皆さんがSNSでよく書かれていたりするのですが、何か自分のキャリアビジョンみたいなものを考える時間があるのでしょうか?

グロービスには「志(こころざし)教育」というものがあります。自分はどうありたいのか、3ヶ月間死ぬほど自分と向き合う、みたいなクラスです。

1年目では、自らのあるべき姿、倫理観、価値観を深く掘り下げて確認します。2年目では、それを踏まえつつ、もっと先を見据えた「生き方」にまで考えを広げていくという2段階仕立てになっています。必修科目なので、これらの授業をクリアしないと卒業できません。

とことん内省したものをみんなの前で発表してお互いの理解をものすごい深いところでシェアするので、これを乗り越えるともう何でも来い!という状態になれます。仲間同士の絆も深まります。同じ壁にぶつかっても乗り越え方がそれぞれ違ったりして「そんな乗り越え方もあるんだ!」といった学びがあったり、同意できない場合は、ということは自分の価値観は...と思考を繰り返して自分の中に答えを見つける。内省し学ぶことを繰り返していきます。

————長谷川さんは、志の授業でご自身をどうしたいと考えられたのでしょうか?

グロービスに入ると、1年目は「志迷子」と言われる人がたくさんいるんです。志、志って言われすぎて「志ハラスメント」とか「ココハラ」なんて言葉もあったりするんですよ(笑)。いろんな情報が入りすぎて、自分はどうしたらいいんだろうと悩みが深くなったり、周囲にいる「ものすごい明確な志を持つ人」と自分とを比較して落ち込んだりしてしまうんだと思います。私も1年目はそちら側だったかなぁ。「会社を守りたい」という思いはありましたが、どこかふわっとしていましたしね。

私の場合は特に「女性としての生き方」のそれまでの刷り込みが強く、結婚して家庭に入るかキャリアを選んでバリバリ働くか、のどちらかを諦めないといけないと思って天秤にかけてしまっていたんですね。何かを手放さねばという葛藤がずっとあって、授業で志を形にしてみても、どこかで「ほんまか?」と自分の中でモヤモヤし続けていました。

————そこから抜け出すきっかけが何かあったのでしょうか?

女性でバリバリ仕事をしている友人たちの中に、しっかりと家庭を築いている方々がいるんですよね。彼女たちを見ていて「どちらかしか選べない」というのは思い込みなのでは?と考えるようになってきたんです。一部分を抜いたりバランスを取るなどして、やろうと思えば両方選択できるし、それこそが課題解決の方法なのだと。

自分が以前よりロジカルに思考できるようになってきたと感じますし、できないという思い込みをロジカルに解決すると自分の心が喜ぶな、ということが分かってきました。大学院に通って一番良かったところはまさしくそこなんです。

何か問題にぶつかったとしても、何が課題かを考えて1つずつ解決していったらいいだけよね、という考え方になってきたと思います。それまでの私は「もう絶対ムリ。私できひん!誰かやってくれたらな」って言って結局やらないって感じでした。

————えええーー!すごい変化じゃないですか(笑)

でしょう?(笑)

「もう私やるわ」みたいな感じで腹を括る機会がめちゃくちゃ多かったんですよね。授業以外でも有志で何かしたり、イベント運営だったりもそうですし、結構大きめのこともたくさんやったんですよ。その中で、みんなと連携して、人を動かしつつ、協力してもらって、でも最後は巻き取って。自ら手を動かして周りを動かすことをどんどんやっていったので、「しゃあないな、やるわ」っていう機会は割と多かったかも。

大学院に入るとき「私は中の人になろう」と自分で決めたんです。何かをするときは必ず中心にいようって。自分を変えたくて、そこはちょっと意識していました。新しい環境に飛び込むってことを決めた以上、その中での環境をフル活用しようと思って。

ただ自分で何もかもできるとは思っていないので、それを一緒にやってくれる仲間を見つけることを意識していましたね。一緒にやらへん?って巻き込んで、共に頑張って最後は必ず成功させるという経験をたくさん積みました。

————それって完全に経営者の発言ですよね。この「何でも自分1人でできるわけじゃないから」というのは元々あったマインドセットなんですか。

そうです。もともと「私はできない」と思ってるんですよ。

人にはちゃんと頼るし、「助けてくれへん?」って素直に言うし、真摯に頼むときっちり答えてくれる人が周りには多くて、私はすごく人に恵まれたなと思っています。めちゃめちゃいい仲間しかいないです。

その仲間たちの中心に飛び込もうと決めていた。中心といっても、大したことをするわけでもないんですよ。授業後に振り返りの復習のための勉強会をしていたのですが、それを定期的に主催していました。Zoomをセットして、復習に使う教授のハンドアウトや資料を映しながら、読みあげて、ここちょっとわかんないんですけど誰か教えてくださいとか言いながらファシリテートしたり。ちょっとしたことなのですが、次の勉強会はいつ?などと声をかけてもらったりしながら、ちゃんと中の人になっていけたかなと思ってます。

平成ジャンプ上等!価値観を刷新する勇気

————————1つの授業で変化するというよりは、その過程でどんどん長谷川さんが変わっていったという感じですよね。

あとは、すごくシンプルなことなんですが、時代が令和に変わったじゃないですか。昭和の生き残りとしては、平成が終わったってことで、これまでの自分を引きずったらあかんなって令和になった瞬間めっちゃ思ったんですよ。今までの価値観を捨てようって思えたんです。

————面白いなぁ(笑)。「令和だから」みたいなのは初めて聞きました。

もう昭和なんて古すぎるしそれはアカンと。たぶん父が言ってることも、昭和の経営者として成り立っていることも、多分今から違うよねってシンプルにそういう感じもあったから。経験だけじゃ駄目っていうのは多分その辺りで自分の中で何かあったんだと思います。平成ジャンプですよ(笑)

昭和生まれで平成で結婚しなかった人のことを「平成ジャンプ」って呼ぶのって知ってます?もう私めっちゃ言われたんですけどね(笑)。でも、令和に生きるにはもう完全に変わらないと、みたいなことだなと思うんです。

————グロービスに行くと、みんな、長谷川さんのように劇的な変化があるんでしょうか?

グロービスに来る男性って、30代ぐらいで結婚してこれから家族を守っていかないといけないからしっかりしなきゃって入ってくるタイプが多いんですね。女性は独身でバリキャリでこれから自分で生きていかなきゃっていう30代ぐらいが多いんですよ。私のようなタイプは割と少数派だったんだと思うんです。今さらですが「よくこの中に入ったよな~」って自分でも思います。入って劇的に変化するというよりは、もともとバリバリなんです。かっこいいんですよ。彼女たちを見ていて私は尊敬しかなかったです。

一番仲が良い友人は、社内で初めての女性管理職として抜擢され、前に立つ役割を担っていたんですね。ところが男性社員は「お前は女やから引き上げられただけ」などと妬まれたりするのだそうです。冷静に判断して、仕事の能力は彼女の方が上なのに。

しかし彼女は「私がロールモデルとなって、後に続く子たちがすっと行けるように、私が今、目の前の大きな岩をどかしているところなんだ」って言うんです。ちっちゃい石にはつまずいたっていいと思うけど、大きな岩に当たる必要はないから、それは私が取り除いていこうと思う。って。

————かっこいいなぁ〜。そのご友人にもインタビューさせていただきたいです!

身近な笑顔が自分の幸せにつながっている

————資金面についてお伺いします。職業訓練給付金の対象になっていましたよね。

はい。支給してもらいました。

それから、実は会社にもあとから学費を出してもらいました。会社の売り上げにダイレクトに反映させたので、「返すわ」って言われて(笑)

学んだことをシンプルにやるだけで、集客が変わったりしたんです。コロナ禍で少し客足は落ちましたが、その期間中も学校で学んだ在庫管理やメーカーとの交渉などは、意識的に「こういうこと授業で習ったからやってみよう」と実践してみたんです。そして実際に交渉をうまく進められたりしたんですよ。学んだことを翌日会社で試せる環境だったので、そういう意味で結果を出したということで、会社のためになってるので学費は出しますって言ってもらって出してもらいました。

————今後チャレンジしたいことや、会社をこういうふうにしたいなとか、何かご自身の中での思いやビジョンなどはありますか?

大学院の仲間とJBCC(日本ビジネススクール・ケース・コンペティション)に出場された際



大学院は自分を大きく変化させてもらった場所でしたが、3年通っても変わらなかったことがあります。それは仕事に対する姿勢。弊社は地元に根付いた商売なので、自分たちに見える範囲・手の届く範囲の方をちゃんと幸せにしていきたい。その思いは全く変わりませんでした。そういう意味で、本当に困ってる人にきちんとサービスをお届けするためにWeb関係にテコ入れするなどはやっていきたいと思っています。

また、個人的には、繊維業への恩返しがしたいと思っています。例えばSDGs。デッドストックや無駄の多い業界と言われていますので、そのあたりのことをグロービスの仲間とか、中小企業のファミリービジネス仲間たちと、何か面白いことをしていきたいよね、みたいな話もしていて、ライフワークとしてもやっていけたらなと思っています。

————これから事業承継する人たちに向けてお伝えするとしたら、アカデミックで学ぶことの意味はあるとお思いでしょうか?

昔からの事業は経験でやっていたことが多く、学びの場で答え合わせする部分がすごく多かったんです。知らないうちにやってたことを意識的にできるようになったのが良かった。また、基礎知識を体系的に学ぶことで、目の前のリアルな問題について、学んだ解決の方法論から何が課題かじっくり考えられるようになったのは良かったと思います。ファミリービジネスは特に会社それぞれに十人十色のやり方があり、正解は自分で見つけていくしかないんです。そういう意味でも、ちゃんと基礎を学んでるっていうのはすごく強みになると思います。

他校と比較してどうかは分からないですが、グロービスでは、事業承継分野での横の繋がりがめちゃくちゃアツいので、そこもいいなと思います。いろんなパターンの事業承継の方がいらっしゃいます。女性が継ぐパターン以外にも、奥さんの会社に入って継ぐ男性みたいなパターンもあるし、跡継ぎじゃないけど兄弟だから関わるだけなのだけどサポートをどうしていくかみたいなパターンもある。様々なパターンがあり、色々な知見をみんなで共有しながら学べて、そこは本当に良かったと思ってます。横のつながり、心強いです。

————最後に、人生において大事にしてることを教えてください。

私は3兄妹の末っ子で、昔からかわいがられて育ってきたんですよね。してもらうことが当たり前だったし、逆に「何もできないだろうし、やってもらったらいいよ」と周りに手をかけてもらったわりに、できなくても当たり前みたいな感じで育ったんです。そんな中で、自分が役に立てることをして喜んでもらえる経験は、すごく嬉しいことだったんですね。周囲に喜んでもらえることがすごく嬉しかったという原体験があった。

その影響だと思うんですけど、誰かの笑顔を見ることが自分にとっての幸せにつながってるなって思います。仕事を通して、目の前の人に笑顔になってもらえてるかなっていうのは、常に大切に思っているところではあります。

———今日はステキなお話をありがとうございました!

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