自分のOSが変わった「内省」の学び 事業構想大学院

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」

今回は、事業構想大学院で学んだ鳥居恒太さんです。

研究開発の領域に留まることに違和感を覚え、新しいことを成すために選んだ大学院進学。そこで出会った学びを、鳥居さんは「内省」と「専門性」の2軸で表現されました。自分を徹底的に見つめ言語化する経験を経て、もはや迷いや不安なく道を進んでいらっしゃるようです。事業構想大学院のユニークな学びについても、貴重なお話が伺えました。

鳥居 恒太さん

東京工業大学大学院卒、応用化学専攻。味の素株式会社に新卒入社し、半導体関連の研究開発に従事。2020年より、知的財産部特許Gに異動し、特許実務の支援、および事業部・研究所の事業開発を特許関連の情報分析を行うことによりサポートしている。2019年より一般社団法人REIONEの理事を務め、コミュニティマネジメント、イベント企画設計、新規事業開発に取り組む。

卒業・修了した大学・大学院:事業構想大学院大学
入学年月(年齢):2019年4月入学(29歳)
修了年月(年齢):2021年3月終了(31歳)

研究開発から「人と関わること」へ

———社会人になる前は、有機化学を学んでいらしたのですね。

はい、学部時代から毎日白衣を着て研究室にこもって、夜遅くまで実験を続ける生活でした。食べることが好きなので就職の際は食品会社を目指して、化学系の採用がある味の素株式会社を受けました。縁があって味の素株式会社に入社し、食品とはまったく関係ない半導体関連の製品開発・研究部門に配属になりました。

化学の専門家が半導体の開発とは意外だと思われるかもしれませんが、実は化学って非常に汎用性があるんです。基本的な専門性を身につけていれば、製薬でもプラスチックでも半導体でも応用できる学問なので、あまり苦労はありませんでしたね。その後2020年に異動になり、今は知的財産部に所属しています。



———大学院に進学されたのは、異動前ですよね。何かきっかけがあったのでしょうか。

半導体部門で働くうちに、研究開発とは違う領域に関心を持つようになったことが大きなきっかけでしたね。多様な人が同じ会社にいるのに、縦割り組織で交流が少ないのはもったいないという思いが湧いてきて、2018年にイベントをやったり情報交換をしたりする社内有志のコミュニティを立ち上げました。もっと楽しく働きたいという思いや人と人の関わりへの関心が強くなり、職場環境の改善や組合活動も始めていたんです。



———研究開発への関心が薄れてしまったのは、なぜなのでしょう?

企業の研究開発って、非常に「属会社」的な側面があります。現在所属している会社では通用しても他社では通用しないし、違う業界ではまったく役に立たない。このままこの環境にいても、身につく経験値はとてつもなく狭いのではないか、と感じていました。

特に僕がやっている化学の研究開発は、環境負荷の問題からあまり歓迎されなくなってしまうのではないかと思っています。化学で新しいものづくりをする人材は、どんどん必要とされなくなってくるのではないか。そうした状況下でも、僕自身がどうしても化学が好きで化学によるものづくりをやりたい!という意欲があれば良いのですが、そうではありませんでした。

研究開発は、たとえば「できた製品のパラメータがXXになった」「顧客のスペックに入った」など、定量的な基準で評価が決まります。人とのコミュニケーションは重視されにくい側面があります。特に半導体の開発業務は、水平分業的です。まず川上にいる偉い人たち、たとえば米国の巨大半導体企業が、僕らのお客さんであるPCの組み立てを行う企業に「こういうものを作れ」と言う。お客さんはそのための材料を探し、僕らに「開発してくれ」と言う。つまり、僕らのお客さんたちはある意味「やらねばならない」立場で、お客さん自身が本当にこれを作りたい、と思っているわけではないんです。

これでは研究開発者としていいものを作ったという満足感が得られないし、作り甲斐がない。ありきたりかも知れませんが、僕はお客さんから「良かったよ」「ありがとう」と言ってもらえるほうが励みになるし、面白い。人との関わりを持てるほうが楽しいと感じていました。自分が面白いと感じたものを作りたいという志向があり、それが世の中に受け入れられることに喜びを感じるタイプなんですよね。



———狭い専門性に留まることへの危機感と、人と関わり合いながら新しいことをやりたいという思いがあったんですね。

はい、まったく違う環境で新しい価値を作ることに取り組んでみたい、と考えていました。

これしかない!と感じた「新しいことを成す」という言葉

———転職ではなく大学院進学が思い浮かんだのは、なぜだったのでしょうか?

実は、新しいことを生み出すのが好きだというだけで、何をどんな場面でやりたいのか、具体的なことは自分でもわかっていない状態でした。

そんな時に見たのが、日刊工業新聞に掲載されていた事業構想大学大学院の新聞広告です。「新しいことを成す」と書いてあり、これだ!と思いました。

僕は別に経営学を学びたいとか、MBAが欲しいとか思っていたわけではありません。多くの責任を背負って社会的に役に立ちたい、と思っていたわけでもないんです。ただ、事業構想大大学院の「新しい価値が生まれるまでのプロセスを研究し実践する」「最終的には事業計画書を書いて卒業する」というスタンスを知って、これしかない!と感じました。だから他の大学院は受験せず、一択でした。

内省と言語化ですべての不安がなくなった

———大学院での学びの軸は「内省」と「専門性」の2軸だということですが、「内省」とは具体的にどのようなことなんでしょうか?

事業構想大大学院は複数のゼミに入り、ゼミの先生のもとで1年間かけて事業計画書を書くカリキュラムになっています。大学院では自分の今後の方向性についてしっかり考えたいと思っていたため、3つのゼミのうち1つは岸波宗洋先生の内省特化型のゼミを選びました。そこでかなり長い時間をかけて、自分の歴史や自分の感じ方・考え方を掘り下げました。

自分の嫌な部分も見ますから、かなりヘコむし辛いのですが、冷静に向き合いながらやり続けました。その甲斐あって、自分でやりたいことの方向性が定まりましたし、どのように自分の感情や感覚を言語化するか、実践的に体験できたんです。今は自分の考えていることや将来のビジョンを言葉にすることが、日常的にできるようになりました。OSが変わったような感覚があります。

もともと僕は、理系でも直感型なんです。研究開発の分野でも、論理を緻密に組み上げていくタイプと、感覚的に良さそうだと思ったものについてコンセプトを出し後からロジックを組み上げるタイプがあり、僕は後者です。ただ、開発の場合は客観的に事象を見やすいのでそれでもいいのですが、自分の中のことは論理構築が難しいですよね。大学院でしっかりと内省できたことで、感覚的に捉えていたものが論理的に補強された感覚が強く、不安やモヤモヤのような概念がほとんどなくなりました。将来についての不安も、基本的になくなりましたね。



———それは、ふとした時に不安が浮かんでも「なぜ自分が不安なのかわかるようになった」ということなんでしょうか?

不安には、何かしらの原因がありますよね。自分にできないことだから不安、知識がないから不安、など。「なぜ不安なのかわからない状態」から「〇〇がわからないから不安だと言える状態」になれば、不安を解消する手段を講じればいいわけです。例えば知識がなくて不安なのであれば、知識のある人に聞くか自分で勉強すればいい。自分の状態を言葉で定義することに慣れてきた、と言えるかも知れません。



———こういうことをやる大学院だとは…ユニークですね! 

そうですよね、意外ですよね。岸波先生は哲学とマーケティングの両方を極めた、特別な先生だと思っています。ゼミの授業でも哲学者の名前がどんどん出てきました。とても愛情深い方で、僕のメンターです。



———内省を続けるうちに、ご自身の歴史を振り返って「こんなことが影響していたのか」とあらためて気づいたことはありましたか?

語りきれないほどありますが、やはり大きいのは家庭環境ですね。小学校ぐらいまでの育ち方で、何を楽しいと思うか、逆に何を不安や恐れと見なすか、ある程度決まります。僕は温室育ちで家庭でも学校でも脅威になる対象が周りにいない環境で育ったため、比較的恐怖心が強いんです。

また、親や保育園の先生や学校の先生など、自分が作ったものについて褒めてくれる人が周りにたくさんいたので「自分が思ったものを作る」ということに対する欲求が極めて高い。ただ、作ることができてそれに対してフィードバックがあれば、もうそれで満足なんですよ。だから自分は必ずしも新規事業を直接立ち上げる必要がない、すぐに転職しなくていい、とわかりました。



———人との関わりについても、発見があったのでしょうか?

僕が不満や恐怖を感じやすいのは、人間関係に関することだとわかりました。人に対する寛容性は高いのですが、人から時間を奪われたりのびのび働けなかったりする状態に置かれると、不満を感じるんです。自分自身が解決したいことでもありますから、人との関係がもたらす負の要素を減らすことにフォーカスしたいと考えています。

人とのコラボレーションによって新しい価値を生み出したい、と考えるようになったのも、内省の過程で徐々に言語化され、そこに焦点が合ってきたという経緯です。

未経験の領域に踏み込み無縁だった知識を浴びる

———「専門性」の軸では、どんなことを学ばれたのでしょうか?

ひとつは、自分がまったく実践的な知見を持たないセールスマーケティングに関連するゼミに入り、営業畑のプロフェッショナルの方から学びました。今まで経験がない領域について、とことん叩いて欲しかったんです。

もうひとつ、テクノロジーに特化したゼミにも入りました。VR・ARの分野で起業した方が先生です。自分が普通に過ごしていたら、絶対手に取らない情報を浴び続けたいと考えて選びました。

実務家の先生が多い大学院なので、机上の空論ではなく実践あっての講義内容で、非常にわかりやすく説得力がありました。研究開発から離れた専門性の一端が、身についたと思っています。

行動で自分をブランディングし周囲を納得させる

———受験準備では、どんな大学院なのか相談会で徹底的に質問されたんですよね?

授業の量、課題の量とそれにかかる時間、具体的なカリキュラム、ゼミの頻度や内容、先生、最終的な成果物の形式についてもしっかり聞いて把握しました。何をするためにどれぐらい時間を割かなければならないのかわかっておいたほうが、後々会社や家庭に説明しやすいと考えたからです。



———会社やパートナー、ご家族への説明は大変でしたか?

会社への説明は、あまり苦労しませんでした。ちょうど役員が外で学ばなければダメだ、と言い始めていた頃だったので、「学んだことを会社の中で使います・今後のキャリアに活かしていきます」というロジックなら、認めざるを得ない状況だったんです。非常に良いタイミングでした。また、この前の段階で既に組合活動や社内での有志団体など新しいことをやろう、という行動を始めていたので、驚かれることもありませんでした。自分のブランディングができていた、ということですね。

家庭については、一緒に過ごす時間が減るという問題が大きかったです。土日はなるべく遊びの外出をしない、など一定の約束をした上で認めてもらいました。

どちらも、大学院へ行きたいと言い出す前の行動が「なるほど、そうだよな」と納得してもらえるベースになっていたのだと思います。



———資金は自費プラス給付金ということですね。

はい、トータル330万円のうち112万円を、国の専門実践教育訓練給付としてもらいました。



———通学時間や自習時間など、在学中のスケジュールについて教えていただけますか?

川崎から表参道のキャンパスに通っていましたが、長野や新潟から来ている人もいましたので、それに比べれば大したことはありません。1年目は毎週平日2日と土曜日、2年目は平日3日と土曜日で、土曜日は朝9時か10時ぐらいから始まって夕方5時までキャンパスにいるという生活をしていました。

自習は基本的に大学院でやっていました。チームディスカッションが大半だったので、授業後に残って皆で話し、時間が足りなかったりキャンパスが早く閉まったりする時はカフェに入って11時頃までディスカッションしてから帰る、というパターンでした。

どこにいようと出会う人と一緒に新しいことを

———会社に残る決断をされたと伺いましたが、今後についてどんなビジョンをお持ちですか?

「人と人が関わることで生まれる不満を減らし、生まれる価値を増やす」を大きなテーマとして、活動していこうと考えています。約6年半の研究開発での仕事を経て「もう一人で仕事をするのは無いな」と思っているんですが、一方で転職してチームでゴリゴリ仕事をするのも違う。まだ定義されてないものを新しく作っていくことが、僕のモチベーションです。だから、どこの会社にいるかということは関係ないし、現段階では事業になるかどうかも関係ない、と思っています。会社の中でも外でも、一緒にいる方とできることをやるスタンスです。

一般社団法人REIONEの沖縄県のプロジェクトで事務局長を務めたり、秋田県の茅葺き屋根の職人さんを味の素労働組合に招いてオンラインイベントをやったり、80歳の方と逗子の森の利活用を一緒にやったり。今は出会う方の意欲やリソース、ビジョンに合わせて一緒に何ができるかを、ひたすら遊びつつ共創しております。

僕は人生で「無理はしない」ということを大切にしているんです。大学院を経て分かったのですが、自分がやりたいこと・やるべきことは自分でわかっているし、やりたいと思うことはやっている。自分を押し殺して何かやっても満足は生まれない。「そこまでやるモチベーションは無いな」と思えば、やりません。



———自分がやりたいことについてハードワークするのはOK、ということですか?

そうです、夜中まで資料を作成するのもOKですよ。やるべきだからやる仕事もありますが、その場合は始める前に得られる納得感について確認します。納得感なしに、とりあえずがむしゃらにいい成果を上げよう、ということはありません。

自分軸ではないキャリアアップやキャリアチェンジの手段として大学院を使う方も多いですよね。それを否定はしませんが、僕の場合は違いました。



———鳥居さんのようなパターンもある、と多くの人に知ってほしいですね。

「儲かる事業アイディア」を求める人にはお勧めしない

———大学院とは「師に出会える可能性がある場所」「実践することを前提で行くところ」とおっしゃっていますね。

僕にとって、それぞれの領域のプロフェッショナルが集まっている大学院は、自分の知らないこと、学ばなければいけないことがたくさんあるんだ、と謙虚になれる場でした。先生のおかげでもあると思うんですが「自分、間違ってるよな」という感覚を受けとめることができたんです。これは師を得ることと同じです。

この人から何か受け取るものがある、という感覚は非常に主観的なものだと思いますが、自分は完璧だというスタンスでは、どこに行っても師は存在しませんよね。人の言うことを受け入れる度量が必要です。



———深いですね。「先生だと思うからその人が先生なんだ」と内田樹さんが書いているのを思い出しました。同期の方にも師はいらっしゃいましたか?

はい、一般社団法人の経営者という立場になってみて、経営者としていろいろなチャレンジをしている同期の方たちはやはりすごいと思うようになりましたね。



———どんな人に大学院進学をお勧めしますか?

何かやっているけどまだモヤモヤしている人、ですね。新しいことをやろうともがいてる人には、ぴったりだと思います。内省も専門性も、モヤモヤを晴らすための過程だと思います。

事業構想大について言えば「ここに行ったらいい事業構想案が作れるんでしょ?」というように、大学院を機能として見る人にはまったく向かないと思います。正直、そういう人は海外の有名な大学院を目指すほうがいいですね。先生が事業のいいアイディアをくれるわけではない。もちろん先生はいくらでも事業アイディアなんか出せるのですが、それでは卒業しても本人に何も残らないから、出さないように統制されているわけです。

結局、自分次第なんですよ。テイクしに行く場ではなく、クリエイトしに行く場。自分の中にあるものから発露した事業、自分の気持ちの中にあるものに根ざした事業を作ることが前提なんです。自分の中から発露するものを見つけられなければ、本当にそれをやりたいのか?と問われた時に躊躇してしまいますよね。



———うまく儲かる事業を始めるために行く大学院ではない、ということですね。

そうです。それなら「何億作るぞアカデミー」的なところがお勧めです(笑)。もともと事業構想大学院は、全国47都道府県に作って自治体職員が学ぶ、地域の中で新しい事業が継続的に生まれる日本にする、というミッションを掲げています。そのミッションに共感している先生方が集まっている大学院なんです。

もうひとつ非常に重要なのは、言われたことを素直に聞き入れられることですね。年齢を重ねるほど「自分はある程度わかっている」とか「やっぱり自分が正しい」というスタンスの方も多いのですが、それならなぜ学びに来たんだ?という話です。謙虚な姿勢がない人には、本当に向いていないと思います。



———プライドを捨てられないと意味がない、ということですね。

タイトルホルダーになりたいだけの人やとりあえず箔をつけたいという人は、事業構想大学院には向いていないと思います。事業構想大学院でも、面接でタイトルが目的だと言った人は落とされているはずです。

大学院にとって、誰を入れるかというジャッジは死活問題です。結局その大学院のプレゼンスは、卒業した人が今後どういう活躍をするかに担われているわけですから。



———同質性が高まり過ぎるのも良くないですが、同期の質は大切ですね。ありがとうございました。

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