組織の閉塞感を研究で打ち破る 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」

今回は、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)を修了された羽生琢哉さんです。

学部時代から「働く人」に興味を持ち、企業派遣でSDMへ。システム思考とデザイン思考による課題解決スキルを身につけて自社の変革に取り組んだ後、現在はSDMの後期博士課程に在籍して人と組織の問題について研究されています。

さまざまな要素が複雑に絡み合う大きな課題に、どう立ち向かうか。研究対象を根気強く突き詰めながらも、「学びは楽しい」とおっしゃる羽生さんに、学ぶことの意味をあらためて考えさせられました。

 

羽生 琢哉さん

人事分野の専門誌編集者を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程を修了。現在、同研究科後期博士課程・特任助教。組織心理学(組織行動、人的資源管理、ピープルアナリティクス、キャリア開発、成人発達など)を中心テーマに、企業との共同研究・実践プロジェクト活動に従事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員、筑波大学働く人への心理支援開発研究センター研究員を兼任。キャリアコンサルタントとしても活動。「若者離職と人事部との関係性」に関する修士論文で最優秀賞。2020年度人材育成学会奨励賞。

卒業・修了した大学・大学院:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程
入学年月日(年齢):2017年4月入学(26歳)
修了年月日(年齢):2019年3月修了(28歳)

「話す」ことが苦手だからこそ「人と向き合う」

———学部の時から働く人に興味をお持ちで、卒論も人事に関して書かれたのですね。

はい、慶應義塾大学の総合政策学部で花田光世先生に学び、卒論もキャリア論がテーマでした。卒業後は人事関連雑誌の編集者として、出版社で働いていました。



———なぜ社会に出る前から、働く人に興味を持たれたのですか?

学部時代に受けた、花田先生の「組織コミュニケーション論」という授業がきっかけです。自分は、人と話すことがあまり得意ではなくて。主張することにも苦手意識がありますが、この授業の中で「コミュニケーションのテクニックを身につけることよりも、その人とつながろうというマインドが大事だ」という先生の言葉が非常に印象に残ったのです。コミュニケーションが苦手な自分でも、人と向き合うことはできるかもしれない、と思うようになりました。そこから人事や組織マネジメント、キャリアも含めて興味を持ち、深めていきたいと考えました。

話すことが苦手な反面、文章を書くことは得意だったので、編集など文章に関わる仕事をしたいと思い出版社に就職しました。



———大学院進学を目指すきっかけは、何だったのでしょうか?

入社して4年目の時に、自分が企画した書籍を恩師である花田先生に執筆していただき、出版したことですね。基礎的な仕事を確実にこなす経験を経て、だんだんと企画が通るようになり、自分で最初から最後まで仕事を回せるようになっていた頃でした。

この時点で、自分がやりたい仕事を達成したという感覚を持ってしまって、次のステージに行きたいと思い、大学院進学を考え始めました。

複雑な問題を解決するスキルを求めてSDMへ

———次のステージとして、転職ではなく研究を選んだのはなぜなのでしょうか?

この時にキャリアコンサルタントの資格も取っていましたので、自分の力を試したいと思い、独立を考えたこともありました。勤めていた出版社は非常にいい会社でしたから、単純に辞めると言いにくかったのも理由のひとつです。大学院に受かれば「大学院に行くので辞めます」と言えるので、そのために受験したというところもありました。



———慶應のシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)を選んだ理由は、何だったのでしょう?

SDMについて知ったのは、幸福学の研究者である前野隆司先生のインタビュー記事がきっかけです。世の中の大規模で複雑な問題をシステム思考やデザイン思考で解決するというコンセプトの大学院で、そのビジョンの大きさに興味を惹かれました。複雑な課題を解決するスキルを身につけたいと考えていましたし、もともと学際的な学びを志向する自分に非常に親和性が高いと感じ、SDMに行きたいと思いました。逆に、人事分野をテーマとした場合、他に行きたいと思える大学院を見つけることができませんでした。人事領域に特化した研究よりも、大きな視点から課題解決の手法を学びたいという意識が強かったのです。

大学院進学の決意が固まったのが、2017年の正月明け頃です。そんな時期に募集している大学院はほとんどなかったのですが、調べたらちょうど慶應のシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)が第3期募集をしていました。1月中旬が締め切りだったのですぐに応募して、関連分野や指導教員の書籍を読んで準備し、1月中に受験、2月に合格通知をいただきました。受験すると決めてから合格まで、ほぼ1ヶ月でした。

プランド・ハップンスタンスで拓けた研究者への道

———結局、入学された後も出版社で働き続けていらしたんですよね。

そうなんです。予想外だったのですが、会社に「大学院に受かったので3月いっぱいで辞めます」と言ったら、会社が企業派遣で大学院に通えるようにするという決定を出してくれました。学費は会社負担で在学中にも変わらずに給料が出て、通常業務をせずに大学院に通うことになりました。

会社には、当時、企業派遣の制度が存在しなかったのですが、前例がなかったにもかかわらず、特例として意思決定をしていただきました。

授業は夜が中心でしたが、給料が出ているわけですから、日中も常に勉強している生活でした。



———企業派遣が認められたのは、羽生さんが活躍していらしたことの裏返しですね。修士を終えた後、会社に戻って2年間在籍されたのですよね。

修士研究で最優秀賞をいただいたため、多くの方に博士課程への進学を勧められたのですが、企業派遣で給料も払われていましたから、一旦会社に戻らなければと考えたのです。学んだことをしっかりと実践に生かしたいという思いも強く、会社に戻ることを決断しました。

ただ会社に戻ってからも、修士研究をきちんと学会の論文として投稿するために指導教授の中野冠先生のアドバイスを受けていたので、研究との接点は持ち続けていました。

さらにたまたま、修士時代にひとつ下の学年で親交が深かった人事関連の研究者の方が、会社を辞めてSDMの特任助教にキャリアチェンジすることを決断され、一緒に研究しないかと声をかけてくださったのです。それが2020年春先のことです。そこで、会社に在籍したまま副業として、その方の研究チームに加わることになりました。



———社会人大学院から、かつて一緒に学んだ方と一緒に研究者になるという道もあるんですね。

成り行きというところもあるのですが、ベースには花田先生から学んだプランド・ハップンスタンス(Planned Happenstance)という考え方があります。リスクを取ったり好奇心を持って色々なことに挑戦したりすることが、節目節目で役に立ったのかもしれません。「迷ったら困難なほうにチャレンジする」「面白そうだと思ったことはやってみる」という信条は貫いています。

会社を変革できないもどかしさから再び大学院へ

———この翌年に退職し、後期博士課程に進まれたんですよね。その時も慰留されたのでは?

そうですね、トップとは個別でかなり対話をさせていただきました。会社の問題点と感じる部分や自分が将来的にやっていきたいこともしっかりと伝え、会社がどうしたいかも伺って、じっくりと話し合いました。

実は、大学院で学んだことを会社の中に取り入れて実践していったのですが、うまくベテランの管理職の方々を巻き込めませんでした。論理的な提案をしても、上司から「俺がルールだ」というような感情的な反発を受けることもありました。結局、身動きが取れなくなり、どれだけ学んでも組織の心理的な問題の解決は簡単ではないことを痛感し、自分への無力感にさいなまれました。そして、トップと対話を重ねるうちに徐々にこうした組織に対する問題意識も高まり、より世の中にとって価値があることを学びたいという思いを持つようになりました。

トップとは密に話し合いを重ねていて、会社に残ったまま博士課程に進むなどいくつかのオプションを検討したのですが、結局、退職することになったのです。



———修士に行く時にはいい会社だと感じられていたのに、学んだことを社内で実践しようとした時には印象が変わってしまったということでしょうか。

ある基準では「いい会社」であることは間違いありません。のんびりした社風で、変化を求めない人や言われたことに従って安定した生活を送る人にとっては、いい会社だと思っています。

一方で、新しいことが生まれづらい雰囲気やセクショナリズムを感じるところもありました。自分は大学院へ行ったことによって、もっと会社をよくしたい、変革に取り組みたいという意欲が生まれていましたし、意識や仕組みを変えるソリューションを考えられるスキルも身につけていました。そうした自分自身の変化が会社の価値観とのギャップにつながっていったのかもしれません。

システマティックかつクリエイティブに課題解決を

———修士時代の学びは、どんなことだったのでしょうか。

修士課程では、若者の離職に人事部とのコミュニケーションがどう関わっているかをテーマに、研究していました。システム思考やデザイン思考を軸にしたSDMの考え方をベースとして、それを人事や組織のシステムにも応用する形で研究を進めました。

ステークホルダーはどのようなニーズを持っているのか。そのニーズをシステムの機能や物理に落とし込んでいくと、どのようなシステムを作ることができるのか。一方デザイン思考では、多様な意見を活用して「ステークホルダー皆にとっての価値やソリューションをどうクリエイティブに作っていくのか」を考えます。システマティックな思考とクリエイティブな思考を両方踏まえた上で、全体最適の解決策を作っていく。こうした方法論が、自分にとって大きな学びでした。

多様な人と交流し視野と可能性が広がった2年間

———想定していた大学院とギャップがあったり、新しい発見があったりしたことはありますか?

大学院は研究するだけの場所かと思っていたのですが、学生同士の交流が深まるプロジェクトが豊富にあり、それを通じて視野を拡げることができました。京都に滞在してフィールドワークしたこともありました。また、長野県小布施町の社会課題を解決するチームに所属していたので、現地の方から与えられた課題に対してデザイン思考でアイディアを出し、システム思考を用いて解決策まで考えていくプロジェクトで、何度も現地合宿を行いました。そのほか、自主的に生まれたプロジェクトもいくつかありました。

社会人大学院ですので、多様なバックグラウンドを持っている方々が集まっていて、非常に刺激がありました。8割ぐらいは働いている人で、あとは会社を辞めて進学した人や学部を卒業したばかりの人。やる気のある方ばかりで、非常にいい環境でした。

修了後に起業した方や転職された方もたくさんいらっしゃいます。先生から、SDMを卒業すると「自分なら何とかなる」という根拠のない自信を持つ人が多い、と伺いました。システム思考やデザイン思考は応用性が高く、どんな問題が起こっても解決できるという自信につながるのではないでしょうか。



———大学院進学で大きくキャリアや人生が動いたと思いますが、羽生さんにとって大学院とはどんな存在、どんな場所だったのでしょうか。

自分の視野と可能性を広げられた場所でしたね。大学院に行かなければ、社内の限られた視野の中で何の疑問も持たず、上から言われたことをやって評価され、キャリアを築いていくという狭い発想だったのではないかと思います。多様な人の多様なキャリアに触れたことは刺激になりましたし、自分自身のことも見つめ直して、俯瞰して考えられるようになりました。

学ぶことそのものがウェルビーイングの一要素

———研究者としての羽生さんにお伺いしたいのですが、一度社会に出てから学ぶことがキャリアにもたらす影響について、どう思われますか?

答えになるかどうかわかりませんが…僕は学ぶこと自体が非常に楽しいことだと思っています。学びを前野隆司先生の「幸せの4因子」になぞらえて捉えると共通点が多く、学ぶことが自分の成長につながり、多様な考え方を持つ人との学びを通じて関係性も深まる。学べば学ぶほど自分らしさを見出せるし、自信もつく。つまり学ぶことは幸福やウェルビーイングにつながる点が多いのです。ですから、学ばない・学ぶのが面倒くさい・学ぶ意欲が湧かない状態のままでいるのは、本当にもったいないと思っています。

最近気になっているのは、「キャリアを作るために学びましょう」というような功利的な動機付けの言説が多いことです。もちろんそこが入口でも良いのですが、自分が好奇心を持ったからこそ学ぶ・問題解決したいからこそ学ぶなど、内発的な学び方が増えればさらに学びの質が高まるのではないでしょうか。そういう学び方が広がっていくといいな、と思っています。



———確かに、焦りやプレッシャーが学びの動機になるケースが多いかもしれません。

そうですね、会社側が「生産性を高めるために学べ」と言うことも多いですし、リスキングの文脈が強すぎることにも懸念を感じています。

モヤモヤを抱えているなら大学院へ

———どんな人に大学院進学を勧めますか?

ひと言で言えば「何かモヤモヤを抱えてる人」ですね。それは自分の仕事についてでも、社会についてでも、なんでもいいと思います。当事者意識を持ったモヤモヤは、掘り下げていくと、結局のところ自分に返ってきます。そのようにどうしても放っておけないようなモヤモヤを解決するヒントや手がかりが、大学院にあるのではないかと思います。



———今後のキャリアイメージをお聞かせください。

明確には持っていませんが、会社の中で働く人たちがやりがいを持って働ける、可能性を広げる働き方ができるような支援に携わっていきたいと考えています。上からの指揮命令が強すぎてイノベーションが起きないなど、権威的で閉塞感のある組織の問題の解決を、少しでも前に進められる研究や実践的活動ができたらいいな、と思っています。



———これは本当に日本の急務ですよね。私も人事に携わる者として、あらためて刺激をいただきました。ありがとうございました!

 

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