社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」
今回は、お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 ジェンダー社会科学専攻を修了された林田香織さんです。
子育て世代の支援セミナーや研修をしていく中で、課題感を得た林田さん。最初は科目等履修生で通っていたお茶の水大学大学院に進学します。大学院進学のきっかけや得られたこと、林田さんの学びに対する考え方などをお伺いしました。
日米の教育機関において、長年にわたり日本語教育(高校・大学・ビジネスマン向け)に従事。8年の在米期間を経て、2008年帰国、2009年独立。2010年ロジカル・ペアレンティングLLP(現ワンダライフLLP)を立ち上げ、子育て世代の支援に従事。自治体、企業において、両立支援セミナー、育休前・復帰前セミナー、配偶者向けセミナー、夫婦向けコミュニケーションセミナー等の講師を多数務める。
さらに、管理職に子育て社員の現状と声を伝える「イクボスセミナー」を通して、現場からの声を管理職に伝え、両者の橋渡しを行う他、自治体の両立支援アドバイザーとして企業の両立支援のコンサルティングも行う。
日本最大の父親支援団体、NPO法人ファザーリング・ジャパンの理事として、財務省、内閣府、厚生労働省、文部科学省など、中央省庁と連携して取り組みの推進をサポートする他、子供の社会参画を支援するNPO法人コヂカラ・ニッポンの理事として、子供の社会参画のコーディネートや大学と連携したコースのデザインも行う。また、NPO法人いちかわ子育てネットワークの理事として、地域密着型の子育て家庭の支援も行う。
厚生労働省 女性の活躍推進及び゙両立支援に関する総合的情報提供事業検討委員会委員(2022〜現在)
埼玉県働き方見直し支援事業アドバイザー(2016〜2022)
千葉県男女共同参画推進懇話会委員 (2020〜2021)
夫と男児三人の五人家族。
【学歴】
- お茶の水大学大学院修士(ジェンダー社会科学・家族社会学)
- Brigham Young University(言語教育学修士)
卒業・修了した大学・大学院:お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 ジェンダー社会科学専攻
入学年月(年齢):2015年4月(43歳)
修了年月(年齢):2017年3月(45歳)
●日本語教育から子育て支援の講師にジョブチェンジした経緯
—————まずはご経歴からお聞きしたいと思います。お茶の水大学大学院(お茶大)に入学するまでの簡単な経緯を教えてください。
最初のアメリカの大学院は、大学を卒業して翌年に進学します。言語教育学を専門に学んでいました。
その後結婚して、福岡の学校法人に勤めて出産と同時に離職をして、転勤で日本とアメリカを行ったり来たりを8年間していました。長男が生まれて、長男が小学2年生のとき日本に帰って社会復帰をして、そのあとお茶大に社会人として入学した経緯があります。
—————ありがとうございます。もともとは外国人の方への日本語教育をしていたとお聞きしましたが、そこから子育て世代の支援事業を始めていったという感じだったのでしょうか。
そうですね。外国人に日本語を教える仕事は、大学院時代からしていました。卒業後もしていましたが、結婚出産を機に辞めました。その後日本に完全に引き上げてきてから社会復帰を試みましたが、当時0歳だった三男が保育所に入園できませんでした。そこで、言語教育の知見をベースにフリーランスとして子育て支援事業を小さくスタートしました。その延長で子育て中の親に向けた講座やセミナーに登壇するようになりました。
—————その仕事の内容が変わるきっかけというのは何だったんですか?
最初は子育て当事者へ向けた仕事がほとんどだったのですが、国や自治体が子育てに関する政策を推進してきたことで、研修が当事者だけではなくて、管理職とか周りの人の理解も深めるような内容にニーズが変化していきました。自治体や企業からの依頼がどんどん増えて、ダイバーシティの面や女性活躍など多岐にわたる専門的な知見が必要な内容を盛り込む必要がありました。
●科目等履修生から大学院進学を決意するまで
—————先ほど、仕事の幅や内容の変化で学び直そうと考えたとおっしゃっていましたが、大学院に進学しようと思ったきっかけはありますか?
先ほどの話と重なるかもしれませんが、研修のニーズに変化があったことと、当時政府がワークライフバランスで男性の育休取得推進をしていました。フリーランスの講師として研修し、いろいろご依頼いただく中で、ブランクが長かったことは進学を考える要因になりましたね。
またもともとの専門が言語教育学だったので、社会学や経営学や心理学等を専門的に学ばないといけないと考えたんです。当時はキャリアの足元というか土台がグラグラしていると思っていました。
それで1回きちんと学ぼうと決心し、まずは科目等履修生で最初の1年間はお茶大にお世話になりました。
—————お茶大以外に、進学先は検討していましたか?
いや、元々大学院には、入学しようと思っていませんでした。まずは科目等履修生で少しずつ可能な範囲で学んでいこうかなというふうに考えていた程度ですね。
—————科目等履修生で入ったときのエピソードなどあれば教えてください。
石井クンツ昌子先生の本とか論文をかなり読ませていただいていました。科目等履修生は先生からの許可がないと受講できないため、連絡して石井先生に突撃で会いに行ったことを覚えています。
無事入学して科目等履修生として学んでいく中で、徐々に面白くなり、さらに学びたいと考えるようになりました。
—————そこから大学院進学を決意したんですね。
石井先生と話す中で、修士として入学するのがいいのではないかと私自身も思い始めました。ただ当時フルタイムで仕事をして、子どもが3人いたことが少しネックではありましたね。
クラスを改めて見たら夕方以降のものがあったので、曜日を指定してなんとか通えるだろうと判断しました。自分でスケジュール管理ができるフリーランスという働き方が、よかったです。時間帯を決めたり工夫すれば働けるだろうと判断して進学を決意しました。
●受験準備期は過去問を写したり、英語力を高めたりしていった
—————受験準備のことについてお聞きします。科目等履修生から本科生になられて、受験を挟まれていたと思うんですけど、具体的にやったことを教えていただけますか?
そうですね。お茶大の過去問はネット上で閲覧できません。そのため大学の学生センターまで足を運んで、ひたすら手で書き写していました。
特に英語は記事を要約する問題が多かったので、似たような記事をネットで探しました。要約したり、英語でディスカッションしたりする練習をしましたよ。
—————藤田さんも手書きしたとおっしゃっていましたね。
そうです。コピーができないため、ひたすら手書きしました。
●授業で社会が与える育児への影響を改めて知る
—————大学院進学で仕事にも家族にもいい影響があったんですね。大学院の学びで印象に残っていることはありますか?
例えば夫婦で協力して家事育児をやっていたとしても、転勤になったときに仕事を優先するのは多くの家庭では夫の方ですよね。妻の方は仕事を諦めたり働き方を調整したりしなければならないことがほとんどです。
社会学を勉強する前は、家族間の選択が性別で偏るのは、意識の問題だと思っていました。しかし、学んでみると社会構造や社会システムの影響が大きいことがよくわかったんです。それまでの研修で「意識を変えていかないといけませんよね」と話していましたが、今はしっかり社会構造についても伝えるようにしています。社会構造の理解で自分をメタ認知してもらって意識に働きかけていくように研修の内容が変わりました。
—————社会構造というのは、具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。
例えば、男女の賃金格差や103万の壁、扶養の範囲内で働くこと、制度などです。
特に男性の育休は今年度大きく変わりましたけれども、それまではやはり柔軟な制度になっていませんでした。結局男性も女性も世界トップレベルの制度を持っている日本でも、取得しているのは女性のみで、取得期間が長いです。そのため、育休中に分業体制が完成してしまいます。
分業体制が完成してしまう要因は、社会の制度もそうですし、制度の運用の仕方だと思います。企業でも男女が育休を使えても、育休申請のフォームは女性用しかありません。妊娠報告をしても、育休の制度の説明は女性にあるけれども、男性にはありません。大きな制度とかの仕組みもありますし、あとは運用構造の問題ですよね。
会社の仕組みなどが要因で無意識に生活していると、男性が稼得役割の最終責任者という関係性ができてしまうのが日本です。意識的に男性を稼得役割の最終責任者にしているのなら問題ありません。ただ、少し意識すると男性が最終責任者になる関係性は変えられます。
—————なるほど。確かにぼーっとしてたらそういうものだと受け流してしまいますね。
そうです。みんな育休中に完成した家事育児分担のまま復職するので、選択肢が広がりません。ただこれは本人たちだけではなく、育休はママが取るのが当たり前という社会の認識が要因でもあります。
セミナーを開催すると初めて別に自分だけじゃなくていいんだと気付くお父さんもいますね。夫婦でキャリアアップできた方がお得だし、自分1人で家族の役割を背負わなくていいと思ってくれます。
—————確かにそうですよね。男性側も少し気が楽になりますよね。
そうです。男性側も学び直ししたいって思ったときに、自分が大黒柱を背負っていたらできません。
●大学院への進学で仕事にも家族にもいい影響があった
—————ご卒業から6年くらい経っていると思うのですが、社会人大学院を出てみて、講演の質が上がったと感じることはありますか?
今までは載っている情報をただ鵜呑みにして研修に反映していましたが、クリティカルに物事を判断して、どういうふうに自分の研修に落とし込むかをきちんと考えられるようになりました。他の論文や新聞、本、資料を読み込む深さにも変化がありましたね。データや資料、論文の背後にあることも理解できるようになったのは大きな収穫でした。
さらに、思考力が高まったことで、自分の研修内容に自信が持てるようになりました。学ぶ前だと管理職や経営者の立場は、自分の経験がないから不安を感じていました。今はもちろんアカデミックからの視点と前置きはしますが、逆に彼らが持っていない視点でお話ができるようになったことはよかったんだろうなと思います。今はどのような質問が来ても大丈夫です。
—————一次経験をしていなかったとしても、アカデミックの視点から何かしらの示唆を与えられるようになったっていうのは、確かに大きな変化ですよね。
そうですね。結局経験があったとしても、一企業でのできごとでしかないので、汎用性が低いんです。
アカデミックなバックグラウンドを持ったことで、いろいろな企業さんからお声掛けいただくようになりました。一緒に研修内容の組み立てや動画を監修して、社内の人にどうアプローチしていくか考えるお仕事もしています。大企業に長い間勤めた経験がなかったことが非常にコンプレックスではあったのですが、逆によかったなって思うようになりました。
—————大学院に進学してご家族にいい影響などありましたか?
私の子どもたちに「何歳からでも学び直せる」ことをオンタイムで見せられたことは大きかったです。小学生になった三男が友達からお母さん学生なの?と聞かれて、年齢など質問されたそうです。すると三男は「別に何歳でも大学に行っていいんだよ」と答えたと言っていました。何歳でも大学院で学んでいいことが、彼らにとってデフォルトになったっていいことがわかりました。それは副産物として大きかったなと思います。
●林田さんにとって学びは味変できるツール
—————家族や林田さんにとって学びはどういう意味がありますか?
自分の器を広げたり、味変できるツールだと思います。要するに自分のキャリアを味変したり、あと自分のキャパシティを広げたりができるなと思います。
—————大学院はどういった場所だったのでしょうか?
自分1人の学びはやはり限られてしまうので、そこを専門の先生と一緒に深い示唆を得ながらインタラクティブに学べることが大学院のいいところだと思います。論文を読んだだけでは入ってこない知識を先生から得たりとか、先輩や仲間とインタラクティブにディスカッションすることで、さらに深い学びにつながるのは大学院ならではですよね。
また石井先生の研究室は、いろいろな国籍やバックグラウンドの方がいて、働きながら通っている方も大勢いました。研究室自体に多様性がありましたよ。今も勉強会に参加していて、卒業してからもつながりがあることは大きいです。
—————大学院をどのような方におすすめしたいか最後に教えてください。
今は仕事しながらでも大学院に通える時代だと思います。大学院に入るぞというふうに、肩に力を入れず、気軽に学んで欲しいなと思います。
また大学院は、専門的な知識やアカデミックな知識以外の学びも同時に深めてくれる場所です。ただ単に知識として学ぶよりは、さらに深い学びができる自分になりたい人は進学がおすすめです。やはりアカデミックな視点で事象を見られると、まったく違う理解ができますよね。深い学びが欲しい人はぜひ行ってほしいなと思います。
—————そうですよね。専門的に深く学んでいくと、事象を見てもいろんな観点から読み解けます。
やはり深さというか奥行きが出ますよね。研修で言っていることは一緒のことなんだけれども、背後はやはり違ってくると思います。
—————確かに、そうですね。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!
執筆者:堀口 祥子