大学院は、知識と向き合える場所。筑波大学大学院人間総合科学学術院心理学学位プログラム

社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」

今回は筑波大学大学院人間総合科学学術院カウンセリング学位プログラム博士前期課程を卒業された野上智行さんです。学生時代から犯罪心理学に興味をもち、法務省で非行少年や受刑者の再犯防止に関わる仕事をされている野上さん。

新たな知見を得たり、すでにある知識を体系的にまとめたりしたいとの思いから、社会人大学院で学ぶことを決めました。大学院で学べたこと、学べなかったこと、そして育児をしながら学ぶことの大変さなど、忖度のないお話をお聞きすることができました。



野上 智行さん

茨城県出身。早稲田大学文学部卒業後、国家公務員採用総合職試験(人間科学)にて法務省矯正局に採用される。拝命後は、少年鑑別所や少年刑務所、拘置所にて勤務。非行少年や受刑者のアセスメントやトリートメントを行ってきた。途中、人事院にて公務員試験問題の作成にも従事。現在は少年鑑別所にて、地域の非行や犯罪を防止するための相談支援活動を行う。

卒業・修了した大学・大学院:筑波大学大学院 人間総合科学学術院 カウンセリング学位プログラム 博士前期課程
入学年月(年齢):2021年4月1日(29歳)
修了年月(年齢):2023年3月24日(31歳)

友達の非行がきっかけで、犯罪心理学に関心をもつように

—————簡単にご経歴をお聞かせください。

大学を卒業後、国家総合職試験にて法務省に入省しました。入省後は、少年鑑別所などの矯正施設にて、非行少年らのアセスメントやカウンセリングに従事していました。人事院でも仕事をして、現在は少年鑑別所で地域の非行犯罪の防止に係る相談業務を行う部署で管理職をしています。



—————大学はどちらに行かれたのですか?

犯罪心理学を学びたくて、早稲田大学に入りました。犯罪心理学を学べるメジャーどころの東北大、大阪大、早稲田大を検討し、地元からの近さなどを鑑みて、早稲田を選びました。

一年目は幅広く心理学、社会学、宗教学といった人文科学系の科目を履修しました。二年目のコース選択で心理学を選び、非行犯罪心理学を専門とする教授のゼミに入ってからは、卒業まで非行犯罪心理学を勉強していました。



—————犯罪心理学を軸に大学を選んだのですね。中学高校くらいのときから、犯罪心理学に対して関心があったのですか?

茨城のわりと田舎の中学校出身なのですが、非行する同年代の人が周りにいたんです。窓ガラスを割って回ったりとか。同じ環境で過ごしている同年代なのに、非行してしまう人と非行はしない自分の違いは何なのかなと思ったのが、犯罪心理学に興味をもったきっかけです。



—————友達の非行がきっかけだったんすね。私の周りにも、非行してしまう友達がいたな……。大学卒業後すぐ就職したとのことですが、修士に行って臨床心理士の資格を取ろうとは考えなかったのですか?(※)

そうですね。修士まで行かなかった理由はいくつかあります。早めに自分の力で金を稼いで、自立したかったからというのが一つ。大学の指導教員が法務省のOGで、公務員という道もあるんだなと知れたのも理由の一つですね。

あと現実的な問題を言うと、修士まで行って臨床心理士の資格を取っても、メリットが少ないんです。臨床心理士の資格を活かした就職先には、主なところで病院等の民間、公務員、研究者の道があります。臨床心理士として民間に就職しても、手取り20万円前後くらいのところが多くて、なかなかご飯を食べていくには厳しいんです。ゆくゆくは研究者になりたい気持ちもありましたが、実際に心理学の知識を使う現場の経験は欠かせないという思いもありました。

このような理由から、修士に行って臨床心理士の資格を取ることはせずに、学部卒でもOKな公務員を選びました。

※臨床心理士になるには、以下のいずれかの条件を満たす必要があります。

  • 指定大学院を修了し、所定の条件を満たしている
  • 臨床心理士養成に関する専門職大学院を修了した
  • 諸外国で指定大学院と同等以上の教育歴があり、日本で2年以上の心理臨床経験を有する
  • 医師免許を取得後、心理臨床経験を2年以上有する




鑑別所の仕事だけではなく、公務員試験の問題作成にも従事

—————様々な理由から、修士には進まず公務員になったのですね。もともと矯正施設とか、鑑別所に行きたかったんですか?

実際に仕事をする施設の名称をしっかりと把握できてはいませんでしたが、罪を犯してしまった人たちに関わることはもちろん、施設における大きな枠組みを決めたりカリキュラムを作ったりといったことはやりたかったんです。

ですので、法務省に総合職で入ればやりたい仕事もできるし、自分の力を発揮できそうだなという思いはありました。



—————具体的な施設の名称は知らなかったけど、入省後にやりたい仕事のイメージはついていたということですね。最初の鑑別所のあとは、人事院にも行かれたのですね?

人事交流の一環もあり、人事院に行きました。この異動には、少し理由があると思っていて、実はぼく、入省するときの試験の成績が良かったんですよ。それもあってだと思うんですけど、試験問題の作成の方をやってくれと言われたんです。

国家公務員採用試験の、心理学系の問題を3年間作っていました。試験問題を作っている部署のメンバーとなり、試験問題作成に励みました。心理学の問題を担当するのは私一人しかいないので、一人で心理学の問題を全部作る形でした。



—————すごいですね。公務員試験を受けている人は、みんな野上さんが作った問題を解いているんですね……。

そうですね(笑)。ただ、全部作ると言っても、大学の先生などの試験専門委員に試験問題作成への協力依頼をします。だから私の具体的な業務としては、試験専門委員との折衝や、問題の編集、編集した問題をブラッシュアップする会議の運営などでした。

人事院に来て3年目に双子が生まれたので、2022年4月から育休を一年間取り、今年の4月から鑑別所の現場に戻ってきました。



—————公務員で育休を1年間取るっていうのは長い方なんですか?

男性で1年間はかなり長い方だと思います。体感的には平均して3ヶ月、長くて半年くらいなので。私は絶対に1年間取るって決めてたので、周りのことは気にせずに育休を取りました(笑)。





大学院では、最新の知見を得た

—————大学院進学のきっかけについて教えてもらえますか?

試験問題作成の仕事で大学の先生と話す機会がたくさんあったので、大学でアカデミックに学び直すのが面白そうだなと思っていました。


—————「大学で学ぶ」を身近に感じられる環境にいられたから、大学院で学ぶことに対するハードルが下がったのかもしれないですね。

そうですね。あとは、仕事の中で論文を読む機会が結構あったので、その点でも大学院に関してあまり抵抗はなかったんだと思います。



—————仕事の中で論文を読む機会もあったんですか?

試験問題を作成するに当たって、間違いをなくすために題材となるテーマに関する研究について、なるべく原著論文を読むようにしていました。大学の先生が問題作成に関わっている時点でほぼほぼ間違いはないのですが、万が一の間違いの芽を潰すためにも、原著論文に当たって確認をしていました。

ある心理学の事柄について、一つの研究ではA、また別の研究ではBと結果が出ていて、このAとBは関連はあるけどちょっと違うというとき、書籍ではそれらをうまく繋ぎ合わせて、一見するとAとBが同じ研究から分かったことのようにも読めてしまう、分かりやすくまとまりのある文章が作られていることが少なくないんです。

だから、知識として勉強する分には分かりやすさが重要なのですが、万が一にも間違えがあってはいけない試験問題の作成では「本当にこの研究から、その結果が導き出されたのか」を検討する必要があって、そのときには書籍だけではなく、論文を見ないといけないんです。

ただ、論文を読んでいると言っても必要に応じてトピックごとに読んでいくだけなので、知識がとっ散らかっている感はあって。それらの知識を一旦整理してまとめたいなと思ったのも、大学院進学のきっかけです。



—————大学院に2年間通って、知識が体系的にまとまった感覚はありますか?

率直に言うと、ないです(笑)。というのも、正直なところ大学院で受けた講義の内容の半分くらいは、書籍や論文を読んで知っていたことだからです。

講義では心理学系の様々なことを教えてもらうのですが、私と同じコースに学びにきているのは、学部で心理学専攻だった人が40%くらい。過半数は心理学を専攻していたわけではなく、元々の学部もバラバラだったはずです。心理学を専攻してこなかった人も受講する講義なので、私に限らず、心理学を専攻していた人たちにとっては、「それ知ってます」ってことが多かったのかもしれません。

そのような事情もあり、自身の知識を体系的にまとめたいという気持ちはあまり満たされませんでした。修論も一つのことを掘り下げる研究でしたし。自分が求めている知識を得るのであれば、レビュー論文をもっとたくさん読むといったことをすればよかったなと思います。



—————人事の人がカウンセリングを学びたくて来ている、というケースもあるわけですね。

そうですね、そういう人も複数人いました。



—————先ほど、大学院で教えられたことの半分くらいは知ってたとおっしゃっていましたが、もう半分くらいはどうでしたか? 新しい気づきなどはありましたか?

新しく学べたこともありました。先生たちの研究分野における、最新の知見を得られたのはよかったです。筑波大学大学院にいるような先生たちの研究ってたいてい最新なんですよ。だから、最先端の研究成果に触れることができたのはよかったなと思っています。



—————知ってたことも多かったけど、最新の知見も得られたのですね。全部引っくるめて、行ってよかったって感じはしますか? 大変さに対するコスパは良かったですか?

行って良かったと思いますよ。コスパは良かったです。修士を取るというアウトカムに対する、コストは釣り合っていました。



—————博士に行こうとは思わなかったんですか?

考えないこともなかったんですが、査読論文を通さなければいけないというハードルはやはり高くて。あとは、今は子育てに時間が取られるので、博士はまだ先かなと思っています。



受験準備から入学まで、スムーズに進んだ

—————受験準備はどんなことをしたかなど、教えてください。

過去問を3、4年分解きました。心理学の専門試験と英語の読解が主な内容でした。英語の方はなんとかなるだろうと思って、 心理学の記述試験に耐えられるように対策を行いました。

心理学検定というものがあるんですが、その検定に出題される用語についてノートにまとめるということを、職場の昼休みにコツコツとやっていました。家に帰ってきてから勉強するということはほとんどなかったです。



—————昼休みにコツコツと……すごいですね。ちなみにお子さんが生まれるって分かったのは、入学を決めてからですか?

子供が生まれるって分かったのは、入学金を払ってからです(笑)。お金を払ってしまっていたので、夫婦で話し合って、最悪無理だったら大学院やめればいいねって結論になって、そのまま手続きを進めました。





—————素晴らしい奥さんですね……! もともと奥さんは大学院にいくことを応援してくれていて、大学院に行くのが決まってから、お子さんが生まれたということですね。奥さんも、野上さんと同じ領域で仕事をしている方なんですか?

いえ、妻はSE、エンジニアです。


—————奥さんは働きながら学ぶということに前向きな方なんですか。自分も何か学んでいたりとか。

いえ、特にそんなことはないはずです。仕事で必要な資格を取ったりはしているみたいですが、仕事に関連するもの以外で勉強したりとかは特にないですね。


—————大学院に行くことに反対されたりしませんでしたか?

いや、別にいいんじゃない、という感じでした。


—————そうなんですね。夫婦だと嫁ブロックがあるという話もたまに聞くので……。

どうなんでしょうね……。私の場合は、夫婦でお財布を分けていたのは大きかったかもしれません。家に入れるお金を別にすれば、個人のお金は別に何に使ってもいいんじゃない、というスタンスでした。



仕事、育児、勉強の両立は大変だった


—————大学院に通うにあたって、何が一番大変でしたか?

子どもの世話をしたりあやしたりする必要がある中で通っていたので、まずは課題が大変でした。なかなかレポートの内容を練る時間がなくて。

あとは授業に参加するのも大変でした。オンラインで受けていいよっていう講義は、マイクとカメラオフにして、子供を抱っこしながら受講できたんですけど。対面で参加しなければいけないときは子育ての負担が全て妻にいってしまうので、心苦しさもありました。



—————全部オンラインではなかったんですね。

対面でできるところはやりましょう、と言われていたので対面もありました。自分としては全てオンラインの方がありがたかったんですけどね。



—————授業時間以外で勉強する時間はありましたか?

仕事の内容が勉強みたいなものでしたし、そこでカバーしきれない分は夜中の時間を使って勉強していました。


社会人大学院は、「人や知識と向き合いたい人」に勧めたい

—————今後チャレンジしたいことはどんなことですか?

修論をまとめ直して、査読論文に上げ直したいと思っています。そのためには統計もやり直さないといけなく、まあまあ手間がかかるところではありますが、そのうちやりたいなとは思っています。その査読論文をステップとし、ゆくゆくは博士を取って……という気持ちもあります。

あとは、今後は心理学とは関係なさそうな仕事をすることも視野に入れていきたいと思っています。法務省には自分のもつ心理学の知見を生かせる仕事をしたいと思って入りましたが、心理学とあまり関係のない仕事も経験させてもらいました。

心理学とは関係がないから楽しくなかったかと言うとそんなこともなくて、なんだかんだそれらの仕事も楽しかったんです。心理学と直接関係なくても、その仕事を心理学的な目線から見ることはできるので、自分の学んできた心理学はスキルとして生かせるように思います。



—————野上さんにとって、大学院とはどんな場所ですか?

「生きてる図書館」、ですね。新聞とかに載らないようなマイナーな分野の知識や、新しく発見されたことがどんどん蓄積されていく場所だから、成長しているようで、「生きている」場所と言えます。

そして、知りたい人が自らその場所に行かないとそれらの知識などに触れられないから、「図書館」と言えると思います。



—————確かに、自分から行かないと知識に触れられないという点で、大学院は図書館と同じですね。では、最後に聞かせてください。どんな人に社会人大学院を勧めますか?

筑波大学大学院の私が行っていたコースについては、「人との関わりを大事にしたい人」に勧めたいです。人と人が会っている「場」で起こることについて、人の気持ちがどのように影響しているのかといったことを突き詰めて研究している研究者が多くいました。そのような、人との関わりにおける知識を得たい、そういうことを専門で勉強したいなという人にはおすすめです。

社会人大学院全般で言えば、「知識が好きな人」に勧めたいです。自分を変えたいとか極めたいというよりも、この世界にはいろいろな知識があって、知識には歴史があるということを踏まえた上で、知識と向き合いたい人は社会人大学院で学ぶべきだと思います。

修士以上になると、研究機関として国からお金をもらった上で、何かしらの成果を出さなければいけないという責任が伴います。そのあたりをきちんと理解できて、知識を使って世の中に貢献したいと思える人は、ぜひ社会人大学院で学んでほしいと思います。



—————研究となると、世の中に役立つものが求められますもんね。貴重なお話をありがとうございました!






執筆者:aida



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