社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」
今回は、お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 ジェンダー社会科学専攻 博士前期課程を修了された藤田浩子さんです。
軽い気持ちで通い始めた講座で学びの面白さに取り憑かれ、長期履修で4年間在学。ひとつの会社に勤め続けるうちに溜まっていた「働くこと」への疑問や葛藤が、労働経済の学びにつながりました。
「いつからスタートしても大丈夫!」をモットーに掲げる藤田さん。仕事に邁進する社会人に、それだけでいいのか?と問いかけてくれます。
1991年、お茶の水女子大学卒業後、化粧品会社に入社。アパレルや婦人下着の商品企画・開発の部署に配属。その後、販売部門や店舗に配属。人事部では、再雇用のキャリア研修などを担当。この時の経験がきっかけで、キャリアや社会保障に関心を持ち、さらなる学びに。
2018年、お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 ジェンダー社会科学専攻 博士前期課程を修了。
■修論テーマ:仕事と介護の両立のための職場サポートについてー企業・従業員の語りから考察するー
■保有資格など
キャリアコンサルタント/年金アドバイザ―3級/お茶の水女子大食育士/化粧品検定1,2級/健康管理士一般指導員健康管理能力検定1級
卒業・修了した大学・大学院:お茶の水女子大学大学院
入学年月(年齢):2014年(46歳)
修了年月(年齢):2018年(50歳)
●偶然出会ったポスドク講座で学びのアドレナリンが爆発
—————現在は化粧品会社にお勤めでいらっしゃるんですよね。
はい、平成3年にお茶の水女子大(以下:お茶大)を卒業して、新卒で入社してから、同じ会社で勤務しています。学部は家政学部被服学科でした。現在は生活科学部に名称が変わっています。
化粧品の事業がメインですが、アパレルや婦人下着の事業などもあります。配属されたのは下着を企画開発する部門で、ストッキングの商品開発からスタートし、10年ほどその部署にいました。その後販売部門や地域の店舗を管轄する部署に異動しました。人事部にも所属していたことがあります。
—————いろいろな経験を重ねられたんですね。その中で、大学院に進学されたきっかけは何だったんでしょうか?
大学院に行こうなんて考えたこともなかったんですが、たまたまお茶大のホームページを見た時に、社会人も受けられる無料のポスドク講座を見つけたのがきっかけでした。15回ぐらいのオムニバス形式で、宗教や経済など毎回違う先生のお話が聞ける夜間の講座でした。行き始めたらめちゃくちゃ面白くてスイッチが入って、その講座の終了後にも他の講座やシンポジウムにも行くようになりました。
仕事のためとかキャリアアップとか明確な目的を持っていたわけではなく、なんか面白そうだなというふわっとした感じで行き始めたんですが、回を重ねていくうちに「私ってやばいかも、あまりにも世の中のことを知らなさ過ぎる」と感じました。勉強し直さなければ、と思ったんです。
●「働くとは何ぞや」という問いを抱いて労働経済を学ぶ
—————講座やイベントに通っていらしたのは、どのくらいの期間だったんですか?
1年から2年ぐらいだったと思います。学んだり新しいことを始めたりするのって、純粋に楽しいですよね。アドレナリンが出たような感じです。お金や時間のことは一旦置いておいて、やりたい気持ちが先走ってしまいました。
当時「白熱教室」というテレビ番組をよく観ていたんですけど、ハーバード大学の授業風景が映ると明らかに若者ではない方も学んでいたんです。大学を卒業して、また、大学に行くこともありかもって思ったんです。日本では社会人の学びが、先進国と比較しても少ないんですよね。
—————いきなり2年間の大学院はハードルが高いので、藤田さんがいらしたような公開講座や十数回ぐらいの単科講座があるといいですよね。
探すと、いろいろあるんですよね。アンテナが高いとそういう情報も自ずと入ってきますね。また、私の友達で、単科履修からスタートして大学院を受験して入学された方もいらっしゃいましたよ。いきなり大学院となるとハードルが高いので、単科履修から初めれば、ハードルは下がりますよね。そういうスタートもありだと思います。
私の場合、いろいろな領域の先生のお話を伺った中でも特に労働経済の先生のお話に興味を持つようになりました。私自身が、「働くとはなんぞや」という疑問を持っていた時でもあったので、あらためて労働について勉強してみようと思ったんです。
●介護休業をテーマに30人のインタビューからまとめあげた修論
—————「人間文化創成科学研究科ジェンダー社会科学専攻」は、どんなことを研究する学科なんでしょうか?
簡単に言うと、ジェンダーというフィルターを通して社会で起こっていることを研究するところですね。社会で起こっている事全てが研究対象になるんです。労働もその中の一つです。修論も、労働について書く人もいれば、趣味の嗜好性について書く人もいるし、面白かったですよ。
私の研究テーマは、フルタイムで働く従業員の親の介護についてでした。自分がちょうどそういう年齢に差し掛かっていたという理由もあるんですが、なぜ育児休業は1年から2年くらい取れるのに、介護休業は93日しか取れないのか?この差は何なのか?この素朴な疑問がそもそものスタートでした。そこで、介護について研究をしてみようと思ったんです。
—————研究はどのように進められたんですか?藤田さんが考えていた仮説を検証できた、新たな学びがあった、など成果がありましたか?
10人の介護経験者の方と10人の介護予備軍の方、10社の人事担当者の合計30人にお話を聞き質的分析をしました。あまりにも手広くインタビューし過ぎて収拾がつかなくなってしまったこともありました。先生に一体何がしたいの?と言われてしまったほどです(笑)。先行研究を調べるため、厚労省や内閣府のホームページを閲覧して、データや文献など調べまくりましたね。
インタビューした方たちには本当にいろいろなドラマがありました。大企業の管理職の女性が一人っ子だったので親を自分の元に呼ぶ「呼び寄せ介護」をされた事例や、施設に面会に行っても母親が自分を子どもだと認識できない事例など、本当にたくさんのお話を伺うことができました。修論のためにインタビューをしたのですが、自分にとってもとてもためになったと思いました。
企業の人事部の方にもお話を伺ったのですが、皆さんお忙しい中で時間を取ってインタビューにご協力していただきました。本当に感謝しています。ある人事の担当者に、インタビューの依頼をした時に「お話しすることができないので、ウチの会社がインタビューなんて、とんでもないです」とおっしゃいました。その場合はもちろん無理強いはしませんでしたが、「藤田さんに声をかけてもらって、ウチの会社も介護の制度についてきちんと取り組まなくてはならないと思いました。」というお声をいただいたときは、うれしく思いました。
本当にたくさんの方にご協力いただきながら修論をまとめあげました。謝辞を書きながら、涙がボロボロ流れてきました。
●「学ばなければいけない」ということを学んだ4年間
—————お茶大の大学院はフルタイムですよね?
そうですね、ビジネススクールではないので平日朝から夕方まで授業がありました。そのころ、ちょうど仕事が店舗勤務になったんですね。日曜日が出勤で平日がお休みという勤務形態だったので、平日に授業を集中させて、授業を受けて単位を取っていました。取れる時に単位は取るというスタンスでした。平日1日に朝から夕方まで全部授業をとっていました。また、単発的に開講される週末にある集中講義は、積極的に受講しました。
私の場合、どうしても2年で修士を取らなくちゃいけないわけではなかったので、のんびり行こうと考えていました。結局、延長できるマックス4年間をかけて修了しました。
とはいえ、限られた時間の中で単位をとらなければならなかったので、興味があるなしに関わらず取れる単位を取っていました。思いがけず面白い授業に出会ったこともありました。現在のSDGsの前身、MDGs(ミレニアム開発目標)関連の授業はとても良かったと思っています。発展途上国がご専門の先生で、一人ずつテーマを掲げて発表するんですが、私はスペイン語を勉強していたので、中南米のクオータ制をテーマにしました。はじめは、単位を取らなきゃいけないというムリヤリ感はあったんですけど、今となっては自分のためになったと思いますね。
また、アメリカの高校生の家庭科の教科書を輪読して、そのテーマについて議論するという授業があり、受講しました。高校生家庭科の教科書に「アサーティブコミュニケーション」について書かれていたことには驚きましたね。高校生で、アサーティブコミュニケーションを学ぶのか?と。私がその言葉を知ったのは、大人になってからでしたから。家庭科の授業で学ぶ内容が日本とアメリカとではまったく違うことに、驚きました。
お茶大には大学院生対象に「SHOKUIKUプログラム」という講座があるのですが、せっかく4年も在学するのだからと思い、こちらの講座も受講しました。そこでは「食」についても学べます。座学の他に、長野に行ってレタスの収穫をしたり、牛の乳しぼりをしたりしました。おかげさまで、お茶の水女子大学専門食育士の認定もいただきました。
—————そういう偶発的な学びも含めて、藤田さんにとって大学院での一番の学びは何だったんでしょうか?
「大人になっても学ばなければならないんだ」ということを学びましたね。社会人になると、皆さん仕事で忙しいんですが、一度、立ち止まって学んでもいいんじゃないかと思います。大学院に行っていた時の習慣で、今も平日や週末に勉強する時間を捻出するようにしています。平日に3時間、週末は5時間、計25時間をめどに勉強するとマイルールを決めています。
いつもと違うことをし、いつもと違うところへ行くと、見える景色も違ってきます。違う視点を持つことができるようになります。私はそのことにワクワクして、めちゃくちゃ面白いんですよね。
私は誰に断ることもなく進学しましたけど、お子さんがいらっしゃる方は、自分の学習のためにお金や時間を使っている場合ではないかもしれません。でも、いろいろ折り合いをつけながら、自分の将来のために時間とお金をちょっと捻出してもいいんじゃないかなぁと思います。
●英語過去問を手書きで原本書き写しで攻略
—————4年間の学費は、すべて自費でいらしたんですか?
そうです。奨学金という発想は初めからなかったです。オープンキャンパスに行って私学も検討したこともありましたが、学費が高いと続けられないと思い、必然的に国立の大学院に進学しようと思いました。
私が行ったお茶大の大学院には、長期履修制度というのがありました。最大4年まで在学できるという制度です。2年分の学費を4年で納めればよかったんです。今もこの制度があるかわかりませんが、この制度は有りがたかったです。
—————受験準備として特に必要だったこと、力を入れて勉強したことはありましたか?
出願書類の中に学部時代の卒論のレジュメがあって、これが大変でした。私は、卒業して20年以上も経っているわけですから。(笑)たまたま親に学部の卒論を本にしてプレゼントしていたので、それを返してもらってレジュメを書きました。卒論がまったく関係ない理系の内容なので、これで大丈夫かな?と思いましたけど。
研究計画書も大変でした。やっぱりお作法があるんですよね。それがわからなくて。ドクターの友達に研究計画書を見てもらったら「これじゃダメだよ」と言われましたね。やりたいことがあり過ぎていっぱい書いていたんですが、やりたいことを一つ選んで深堀りしなきゃダメだよと指摘されて、一から書き直しをしました。
あとは英語の勉強です。過去問は、ネットで検索すると閲覧することができるのですが、著作権の関係上、本文を見ることができなかったんです。大学に行って過去問を見せてほしいとお願いしたら、見せてもらえたんですが写真を撮れなくて、全部手書きで写しました。今は、TOEFLやIELTSのスコア提出をすればいいみたいですよ。
—————それはすごい……!
翌年に受験する予定の友人にその書き写しのノートを貸したら、すごく役に立ったと喜んでくれましたね。英語の勉強については、国連の英語のホームページを読んでいました。正直どう対策していいかわからなかったんですが、過去問の傾向から、ジェンダーや貧困などについて英文を読んでいた方が良いかと思ったので。国連のホームページの内容はとても参考になったと思っています。
—————定員は何名ぐらいなんですか?
当時は確か、20人ぐらいだったと思います。私は4年間在学したので同期が何人ぐらいいたのかわからなくなってしまったんですが、おそらく半分位が中国からの留学生だったと思います。
多くの中国人が、大学院を受験していることに正直驚きました。留学生が多いのは、お茶大と単位互換ができるパートナーシップ制度があるせいかもしれませんが、日本人ももっと大学院に進学をしていいのではないかと思いました。大学院の進学が全てではありませんが、このままでは日本は国力が落ちるかもと危機感を感じましたね。
留学生の皆さんって本当に優秀なんですよ。ネイティブ並みに英語もできる上に、日本語で授業を受けて日本語で修士論文を書くわけですから。私が仲良くしていた中国の留学生は、授業でフランス語を勉強して、その後フランスに留学しちゃいましたよ。
—————多様性の中で学んでいらしたんですね。
そうですね、今思い返せばそういう環境だったと思います。でも、女性しかいませんけどね。
●純粋な学びの意欲を持つ人は、考え込まずに進学しちゃえ!
—————これから学んだことを活かしてやっていきたいこと、未来へのビジョンはありますか?
再雇用が見えてくる年齢になり、ライフプランやキャリアプランを考えるようになりましたね。70歳ぐらいまでは働きたい、働かなければならないと思っています。しかも、楽しくね。
大学院在学中に、労働経済の先生の授業の一環として年金学会に行ったんですが、私の知識がなくて、先生方のお話を聞いても、ちんぷんかんぷんだったんです。年金のシステムが複雑で、私にはまったく理解ができなかったんです。
そのあと、年金の勉強もして、年金アドバイザーを受験して合格しました。また、キャリアコンサルタントの資格を取りました。他にも取得したい資格があるので勉強をしています。選択肢が増えることで、今後のキャリアにもプラスになる事もあるかと思います。これからも勉強は続けていくつもりです。
—————すごいですね!
例えば、今私がいるお客様対応の部署には再雇用の方がいらっしゃるのですが、年金についてお話をしたり、わからないことを説明したりすることもあります。重宝がられていますよ。
お金や健康のこと、家族のことなど、この年齢になると、いろいろなことを考えなければならないことがたくさんでてきます。キャリアに影響するファクターが増えてきます。社会保障など制度のことを知らないと損する局面もありますから、私が学んだことが、自分のためだけではなく、どこかで誰かにお役にたてれできればと思っています。
—————藤田さんは、どんな人に大学院進学を勧めますか?
相談されたら「やりたいと思ったらやっちゃえば?」って言うと思いますね。私は本当に楽しかったですから。もちろん足かせとなる阻害要因があるなら、それを整えてから進学してもいいと思います。万が一、入学してから続けられない状況になって退学しても、痛くも痒くもないじゃないですか。もちろん金銭的には痛みを伴いますが、これまでの学歴や経歴に傷がつくわけではないから、まず興味があるならチャレンジしたらいいと思います。一歩踏み出したら進むだけですよ。
育休を取得している男性が、介護世代になった時に、その経験がどのように影響を及ぼすかというテーマについて研究したいなぁと思っています。10年後にまた大学院にチャレンジをしたいなぁと思っています。
純粋に学びたい・次のキャリアに活かしたいという人には進学を検討してほしいと思います。
—————藤田さんのように、好奇心の赴くまま自分がいいと思った道を突き進んで学ぶ人たちのお話ももっと伺いたいなと思います。ありがとうございました!