理学療法士×山。興味があればまず飛び込んでみる 筑波大学山岳科学学位

働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」

今回は筑波大学山岳科学学位プログラム 博士前期課程に在学中の増田桃子さんです。理学療法士として心臓リハビリテーションに関わりながら、大学院で学んでいる増田さん。「山」についての知識が圧倒的に不足していると痛感したことが進学の1つのきっかけだったと語ります。

では、「心臓リハビリテーション」と「山」の関係とは?大学院進学の背景にあるもの、そして増田さんの今後の研究テーマについてお話を伺いました。

増田 桃子さん

東京生まれ東京育ち。
幼い頃から体を動かすことが好きで、学生時代は水泳部とハンドボール部に所属。趣味は登山、ツーリング、キャンプ、旅行、スノーボードだが、最近は体力が落ちてきているのか家にいるのも苦じゃなくなってきた…とのこと。
職業は理学療法士で杏林大学医学部付属病院に所属。心臓リハビリテーションに魅せられ、心疾患患者をリスクの高い登山にいかに安全に復帰させるか、理学療法士としての役割を模索中。”とりあえずやってみよう”がモットー。

卒業・修了した大学・大学院:
杏林大学保健学部理学療法学科

卒業年月日(年齢):2015年3月(23歳)

筑波大学山岳科学学位プログラム 博士前期課程

入学年月日(年齢):2022年4月1日(30歳)
卒業予定年月日(年齢):2024年3月31日(32歳)



心臓のリハビリをしながら登山復帰を目指す人々

——— 増田さんは理学療法士として杏林大学医学部付属病院にお勤めなんですね。

はい。杏林大学の理学療法学科を卒業してから働き始めて、今年で8年目になります。

——— 普段は具体的にどういったお仕事を?

主に心臓リハビリテーションに携わっています。

——— 22年4月から筑波大学山岳科学学位プログラムで学んでいらっしゃいますが、進学の理由に心臓リハビリテーションのお仕事は関係していますか?

そうですね、心臓リハビリテーションの患者さんには「登山に復帰したい」とおっしゃる方がけっこういらっしゃるんです。ただ、リハビリのなかで登山をどう扱うかは学部時代に学ぶ機会がなかったので手探り状態でした。あるとき、学べる場所として大学院という選択肢があることを知り、通ってみようかなと思ったんです。

——— 心臓にご病気のある方にとって登山は負荷が高そうなイメージです。

負荷はとても高いです。

一般的なリハビリのイメージは、筋トレしたり歩いてみたりといったものかと思います。心臓リハビリテーションは、負荷をかけすぎると心臓に負担がかかり危険なため、かけすぎはよくないのですが、負荷をかけなさすぎても体力が戻らないという難点があります。その患者さん、そのご病気ごとに、負荷量を調整しないといけません。

登山は運動のなかでも特に心臓に負担が大きく、何かあっても救急車が来ないリスクがあります。なので、復帰するにはより慎重に進めていく必要があります。でもいまは、心臓リハビリテーションの世界に登山復帰の明確なガイドラインはないんですね。そのため、登山に復帰できるような体制をゆくゆくは全国的につくれるようになりたいと思っていて、それも大学院に通う理由の一つでした。

——— それでも、大学院に行ってまで学ぼうと思うのはすごいですね。

2年ぐらい前、たまたまだと思いますが登山復帰を希望する患者さんを受け持つ機会が多かったんです。しかも近所の低山ではなく、本格的な登山に復帰したい方ばかりでした。そのときに的確なアドバイスができなくて、これはどこで勉強したらいいのかな……っていうのをずっと思っていました。そのもどかしさのようなものが、動機としては大きかったと思います。

でも実は、最初は大学に通うことは頭にありませんでした。
登山前に健康状態をチェックする登山者検診を行っている長野県の松本にある病院にまずは見学に行かせてもらいました。実際にお邪魔していろいろとお話を聞いて、一時はその病院への転職も考えましたね。結局は、いまの職場でやりたいこともあったのでそのときは見送ったのですが。

——— では、進学を決めるまでには他にもきっかけがあったと。

はい。そのまま1〜2年ほど経ったとき、雲ノ平のボランティアに参加したんです。1週間山荘に滞在して、参加者と山について真剣に考える会です。大学院生、林野庁、民間企業のパタゴニアの方など、いろんな方が参加してました。そのなかで、自分の山に対する知識が圧倒的に不足してることを痛感したんですね。もっと勉強しないといけないなっていうのに気づかされ、そこからいろいろと調べるうちに大学院という選択にたどり着きました。

合格していた大学に入らず、1年間浪人を選択

——— 増田さんはもともと山が好きだったんですか?

そうですね、趣味で小さいころから登っていました。大学から登山を再開して、それ以降社会人になっても頻繁に山には行っています。

山って、心臓を病気した人にとってハードルは高いのですが、でも登山がやっぱり好きな人もたくさんいらっしゃいます。そういった方が一度心臓を悪くしたからといってもう山に登れないというのはかわいそう、という気持ちが根底にはありますね。

——— なるほど。時計の針を戻してしまいますが、そもそも理学療法士を目指そうと思ったのはなぜでしょうか?

高校3年生の時、ハンドボール部の活動で膝の靭帯断裂という怪我をしてしまったんです。そのとき初めてリハビリというものに出会い、こういう仕事を自分もしてみたいと思ったのが理学療法士の道に進むきっかけでした。

もともとは、体育の教員を目指していて体育大学にも合格していたのですが、怪我をきっかけに、より興味のある方の進路に変更しました。もともと文系だったので、1年間浪人して理系科目を学びなおし、理学療法学科に入ったかたちです。

——— 高校3年生のタイミングでその選択をするのは勇気がいりますね。

もともとオフィスでパソコン業務をする仕事のイメージが湧かなくて、体を使う職種に就きたいというのはありましたが……母が美容師で父が大工と医療関係の家系でもないので、本当に怪我がきっかけでこの進路を選択した感じです。ただ親族含めて、職人というか、何かを極めるような仕事に就いている人が多いので、その影響ももしかしたらあるのかもしれませんね。

———私の実家も寿司屋で職人に囲まれて育ったので、何かを極めたいという気持ち、とてもよくわかります!

教授の一声で願書提出を1年早める

——— 筑波大学を選択したのは、増田さんの学びたい領域だとそもそも選択肢が限られているからですよね。

そうですね、山岳科学学位プログラムは、筑波大、静岡大、山梨大、信州大の提携なんですけど、職場から通うことを考えると最も近い筑波大が希望でした。それと、入学前に指導教員の先生を選ぶ必要があるのですが、学びたいことに一番合う先生が筑波にいらっしゃったのでそれも加味して筑波大学一択でしたね。

——— 入学前に指導教員を選ぶんですね。

たしか、入学願書を提出するときに書類に先生のお名前を書く必要がありました。そのため、大学見学の際に事前に希望の先生にアポイントを取って、指導教員になっていただけないかをお願いしましたね。

——— 珍しいですね!

そうかもしれないですね。
話が脱線してしまうかもしれないのですが、大学見学に行ったのは10月か11月、願書提出の締め切りは12月上旬だったので、正直言うと見学のタイミングでは「受験は来年かな」って思ってました。研究計画書をあと1ヶ月で書き上げるのは厳しいだろうと。でも見学のときに指導教員の先生が「今年の申込でも大丈夫でしょう」と背中を押してくださったんです。

その当時懸念していたのが、仕事と両立できるかという点だったんですが、先生はそのあたりもサポートするとおっしゃってくださいました。例えば、対面授業はビデオ録画して後から視聴できるように手配してくださったり。そういったサポートがあることにも安心できたので、すべり込みで願書を提出することを決めたという経緯がありました。

——— 研究計画書の作成以外に受験準備で大変だったことはありましたか?

学部生の場合は一般教養などの試験があるみたいですが、社会人の試験は、プレゼン8分、質疑応答12分という形式でした。プレゼンでは、研究計画書の内容や志望動機をパワーポイントを使って発表すべく準備しました。もちろん、指導教員がどういう論文を書かれているかは事前に調べてから臨みました。

——— 社会人入試があるのはありがたいですよね。授業はどういったスケジュールで受けているんですか?

授業は昼間もあるんですけど、オンデマンドの授業をとっているので、仕事終わりに動画を見ています。春は授業を取り過ぎて、週に7〜8講座あったので夜だけでは追いつかず、朝も授業を1つ視聴してから出勤していましたね。授業自体すごくおもしろいんですけど課題が専門性の高いものが多いので、授業よりも課題の提出に難渋しました。

——— まだ半年くらいではありますが、おもしろかった授業はどんなものがありましたか?

一番刺激的だなと思ったのはゼミの授業でした。いままで医療職種という狭いところで生活してきました。でも私自身、視野を広く持ちたいというか……いろんな人の意見を聞きたい、一つの環境の中にとどまりたくない、と常々思っています。そのため、いろんな人の意見が聞けるというか、一つのテーマに対して「みんなこういうふうに考えるんだ!」って思えるゼミの授業が新鮮でした。

登山者の行動特性を研究したい

野口五郎岳を登る増田さん——— これから研究も本格化していくと思いますが、研究テーマはどういったものを予定していますか?

まだはっきりとは決まってないですね。
最近は山岳遭難が年々増えているのですが、登山者数は増えてはいないそうなんです。つまり、登山する人のなかで遭難する人の割合が増えていると。遭難の要因っていっぱいあるんですけど、そのうちの一つに「自分の体力に見合った山を選択できていない」というのがあります。そういう人がどれぐらいいるのか、そして自分に見合わない山を選択してしまう人の行動特性はどんなものがあるのか、というのは研究したいと思っているところです。

——— たしかに、どういう人が無茶してしまうんですかね。

医療分野では、こういう性格の人はこういう選択をしやすいとか、この生活習慣を直せない人はこういう傾向があるという研究がなされているんですね。おそらく登山者の方々にも、体力と関連する行動特性や判断特性っていうのがあるんじゃないかなって考えています。

——— 増田さんの研究が楽しみです!ではそろそろお時間も近づいてきましたので、卒業後にしたいこともぜひお聞きしたいです。

そうですね、一つは博士後期課程に行くのも選択肢かなと思っています。ただ山岳科学学位プログラムって前期課程しかないんですね。今後研究を進める先にもっとやりたい内容が出てきたときは、別の研究科の博士後期課程に行くことも選択肢のひとつとして考えてます。


——— 社会に一度出たあとで大学院で学ぶことって増田さんにとって何ですか?

なんでしょう、自分の視野を広げる可能性のある場所というのでしょうか。筑波の山岳科学で新たな知見であったり、いろいろな刺激を得ながら、いまの仕事もそうですし、今後の研究を進めていけたらいいのかなと考えてます。

——— 最後になりますが、どんな人に大学院進学を勧めますか?

ちょっとでも興味のある分野があって、学問的に極めたい方であれば、大学院というのは選択肢として入ってくるんじゃないかなと思います。

自分一人で勉強しようとしても、何から手をつければいいのか分からないこともありますよね。私自身そういう理由もあって、大学院に通っているというのもあります。もし興味があれば、そこに飛び込んでみるのは、いいことなんじゃないかなと思ってます。

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