働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は上智大学の看護学科を卒業した後、看護師として働く中で教育の重要性に気づき、ニューヨークのコロンビア大学教育大学院に留学した内藤(寺本)美欧さんです。
成人学習とリーダーシップを学び2021年5月に修士課程を修了後、現在は看護師に復帰。職場である病院の教育担当者として活躍中です。海外大学院への進学を志す人に役立つ貴重な体験談や、ご自身が掲げる最終目標などについて丁寧に話してくださいました。
2016年上智大学総合人間科学部看護学科卒業後、都内大学病院のICU・CCU病棟、地域密着型病院SCU(脳卒中センター)病棟での勤務を経て、2019年よりアメリカ・ニューヨーク州のTeachers College, ColumbiaUniversity(コロンビア大学教育大学院)で「成人学習・リーダーシップ」を専攻。最先端の教育学を専門的に学び、2021年5月同大学院の修士号を取得。同年6月から看護師復帰。現在、院内教育担当者として研修プログラムの設計や運営を行い、継続教育支援に携わる。ブログやTwitterで、看護師の学びについて発信中。
Teachers College, Columbia University (コロンビア大学教育大学院) Adult Learning & Leadership program 修士課程
入学年月日(年齢):2019年9月(25歳)
卒業年月日(年齢):2021年5月(27歳)
●周囲の反対を押し切り看護師を志す
———ブログを読ませていただいたのですが、看護師を目指したのはドキュメンタリーを見たのがきっかけとか。
はい、アフリカで活躍している看護師さんの特集をテレビで見たのがきっかけです。もともと世界に行くことに興味があったので、手に職を持って行く方法もあると知ったことは大きかったですね。そんな経緯だったので、最初は途上国支援で頑張ってみたいという思いがあったんです。国境なき医師団に特に憧れて、カッコいい!と純粋に思いました。
中3の終わりから高校初めぐらいに漠然と看護師になりたい、と思っていたのですが、医療関係者が身近にいなかったので親や先生からかなり反対されたんです。それまで素直に大人の言うことを聞いて育ってきたのに、初めて周りの大人に反抗して「私はなりたい!」って言って。大変だからやめなさいと言われれば言われるほど「絶対自分はなりたい! なってみせる!」とメラメラと何かが沸き立って。そんな経験は初めてでした。結局みんな応援してくれましたけど、ここが自分の最初の分岐点かもしれません。
看護って不思議で、理系のようで文系も含まれているんです。私は数学がちょっときつかったので、生物を選択しました。生き物について学ぶのは面白かったです。あとは国語と英語ですね。文章書くのが好きなので、国語は得意でした。
参考:内藤さんの留学中ブログ http://blog.livedoor.jp/chuochan/
●上智で“看護の箱”から飛び出す
———上智大学に進学後は、順調に看護師を目指して勉強していたんですよね。
大学に入ってから、看護の学問としての面白さがどんどんわかってきました。色々な理論があるし、言葉にできない、正解がない面白さがあって楽しかったですね。看護は単科大学が多いなか、上智は総合大学のなかに看護学科があるのが特徴です。上智に行って良かったのは“看護の箱”を飛び出して、違う世界を持つ経験を味わえたことですね。
上智は留学生も多いですし、四谷のメインキャンパスで違う学部の授業を受ける機会もたくさんあったんです。私が看護以外の学問に進んだ原点は、看護と関係ない心理学の授業を受けたり、国際教養学部の授業を多様な学生たちと一緒に受けたりした経験にあると思います。
●大切に育てられている感覚がなかった新卒看護師時代
———順調に国家試験も通って、大学病院に就職されるんですよね。
はい、色々な経験ができるし色々な症例が見られるだろうというシンプルな考えから大学病院を選び、ICUに配属されました。実習の時に見たICUの看護師に純粋に憧れて、希望を出したら通ったんです。新卒はあまり配属されない部署ですが、その頃はいわゆる「志の高い真面目な看護学生」で、周りにもそう見られていたんだろうと思います。ところが、ここからが大変な時代の幕開けでした…。
4月に入職し、5月のゴールデンウィークあたりにはもう夜勤が始まりました。夜勤実習というものは存在しないので、右も左もわからないままいきなり16時間起きて勤務です。6月には管理が難しい人工呼吸器をつけた重症患者さんを受け持って。とにかくスピードが速く、まったく自分の勉強が追いつかない。クタクタになって帰って夜中に勉強して、朝5時台に起きて出勤です。そうなると、もうあんなに楽しく面白いと思っていた看護が苦痛でしかなくなりました。
先輩も怖いほど厳しくて、勉強が間に合ってなかったら患者さんの受け持ちから外されます。一緒に頑張ろうねという雰囲気もなく、大切に育てられている感覚も皆無でした。何とか這いつくばって頑張っていたんですが、年明け1月にプツンと自分の中で何かが切れてしまった。体も心も壊れてしまった感じで、そのまま消えるように退職した、という経緯です。
———大変な思いをされたんですね。それでも、看護の道からは離れなかった。
その時はまだ教育の問題には気づけず、単に自分がダメなんだ、自分がついていけなかったから悪いんだ、と自分を責めていました。ただせっかくあんな思いをして大学へ行って国家試験も取得したのに、ここで看護の道を離れるのはもったいない、と親とも話して。まだ少しだけ心にエネルギーが残っていて、3月に転職しました。今度は大学病院ほど規模が大きくない、地元の地域密着型病院です。
●教育の重要性に気づき成人学習の道へ
———新しい病院はいかがでしたか?
あったかい雰囲気で、中途採用にも関わらず新人と同じように研修の機会も提供してくれました。エルダー制度という仕組みもあり、1人につき1〜2人の先輩が担当として面倒を見てくれるんです。本当に丁寧に勉強の進捗やメンタル面のサポートをしてくれて、1年ぐらい経って自分が見違えるほど生き生きと楽しく働けるようになっていることに気づきました。なぜだろう?と考えた時、教育のサポート体制が整っていることが大きいと気づいて。そこで、以前の私のように苦しい経験をしている人たちがたくさんいるはずだ、自分が看護師の学びをサポートできるようになりたい、と思ったんです。
———看護の学問領域の中に新人教育の分野もあると思うのですが、あえて成人学習を学ぼうと思ったのはなぜですか?
看護教育学という学問を研究する大学院もあるんですけど、もっと大きい枠組みで大人が学ぶことに特化した学問があると知って、目からウロコで。看護の中だけ見ていたら一側面しか見えないんじゃないか、もっと広く色々な角度から教育を見てみたい、看護から飛び出して教育から看護を見つめてみたい、と思いが沸き立ちました。当時日本には専門的に成人学習を学べる大学院がなく、海外が進んでいるとわかって留学に挑戦しようと思いました。調べた結果成人学習を学ぶのならここだ!と思ったのがTeachers College, Columbia University (コロンビア大学教育大学院)でした。
———成人学習というワードを知ったのは、ネット検索で?
そうです。こういうのって何の分野に入るんだろう?と検索して、たまたま成人学習を日本で牽引されてきた三輪建二先生の本を見つけたんですよね。
———その時どんなキーワードで検索したか覚えていますか? 実はある課題を解決したい、何か学ばなければと思っても「何を学べばいいかわからない」ということが最初のハードルになって、たどり着けない人が多いみたいなんです。
確かに難しいかも…でも、私の場合は検索結果を見ているとサブリミナルみたいに何度も「三輪先生」という文字が目に入ったんです。先生の名前を辿ると、芋づる式にヒントがどんどん出てきました。「看護師 教育」で検索すると学部教育や資格取得などが出てくるので、教育は違うな、学び? 学習? など言葉を変えながら徹底的に調べまくりました。もう一つは人とのつながりですね。教育や留学に関係あるセミナーにいくつも参加して、そこで出会った人たちに自分のやりたいことを話すと「この人がいいよ」「この本読んでみたら」など色々な人がアドバイスしてくれました。
———勉強会ってそこで学べるだけでなく、教えてくれる・ヒントをくれる利点もありますね。
私は人とのつながりの上で「あと一歩」の積極性が大事だ、と思っています。セミナーに参加したら終わりじゃなくて、気になった登壇者には必ずメールしました。少しでも覚えてもらえたらどこかできっとまたつながるんじゃないか、と。最初は不安だったんですけど、慣れてくると当たって砕けろ!の精神でどんどんFacebook で検索してメッセンジャーで連絡しました。留学支援の立場から見ても「あと一歩」の積極性がある人は、夢を叶える確率が高いと思います。
●絶対コロンビア!と決めた日本人卒業生との縁
———教育分野ではハーバードも名前を聞きますし、他の大学院は検討されなかったんですか?
Teachers College(以下TC)はジャック・メジローという有名な理論家がかつて教えていましたし、現在もその愛弟子たちが教授陣にいますから、それが選択の第一の理由ですね。車の運転が得意ではないので田舎はキツい、ニューヨークだったらどこへでも地下鉄で行ける、というのも基準のひとつです。あと大きかったのは、調べていたTCのプログラムに日本人の卒業生がいらっしゃるのを記事で知って、メッセンジャーで連絡を取ったら直接お会いできて。その方は全然看護には関係ないんですが「こういうことをやりたいのですが可能でしょうか?」と聞いたら「できると思います」と答えてくださったのが、後押しになりました。
———先輩たちはみんなやさしくて、何でも教えてくれますよね。
そうですね。今はコロナで難しいかもしれませんが、出願前に現地にCampus Visitに行く人も多いんですよ。私も3泊5日の弾丸でニューヨークに行ったら、その卒業生の方がプログラムの教授とつないでくださって、1対1で話す機会ができて。万が一TCがイマイチだったら他も考えたでしょうけど、行ったら虜になって絶対ここだ、という思いが強くなりました。
●コロナ禍の留学で「自分の思い込み」に気づく
———どんな受験準備をされたか、コツなどあれば伺いたいです。
まずはTOEFL のスコアがないと出願すらできないので、働きながらTOEFLのスコアメイクです。私は10歳まで海外にいたんですが、ブランクもあるしその程度の英語力ではまったく歯が立ちませんから。あとは何と言っても費用です。自費で行けるレベルの学費ではないので、返済不要の海外留学支援の奨学金を全部リスト化し、その卒業生の方も使っていた個人の留学エージェントの方とスケジュールを一緒に作って、手当たり次第応募しました。合格しても費用がなかったら渡米できないので、奨学金は1つ1つ全力で絶対にもらうぞ!という勢いで頑張りました。準備にもお金がかかるので、ある程度貯金していないとキツいですね。TOEFLを1回受けるだけでも2万円以上かかりますから。
———計画性が問われますね。
奨学金に出願して書類審査・面接と進むのですが、いきなり合格通知が来て2週間後に面接があると言われたりすると大変でした。夜勤だと絶対に休めないので、シフトを変えてもらわなければならないんです。そこで看護部長さんと部署の師長さんになぜ留学したいのか、どのように日本の看護に貢献できるのか、というプレゼンをしたら、ありがたいことに快く応援していただくことができました。推薦状も海外の大学院は2〜3通必要で、1通を看護部長さんにお願いしました。私は周りの理解があって助かりましたけど、職場の人間関係が良くないと協力してもらえませんから、まず仕事を辞めて準備に入る人もいましたね。
———研究計画書はどのように作成したんですか?
研究計画書と言うよりSOP(Statement of Purpose)、志望理由書に近いものですね。A4のペーパー2-3枚に志望理由・在学中にやりたいこと・卒業後にどう貢献できるかなどをまとめるのですが、私は作るのに半年以上かかりました。SOPで決まると言っても過言じゃなく、差がつけられるのがこれしかない。まず日本語で書いて、ネイティブの方と一緒に何度も推敲を繰り返しました。
———パートナーの方やご家族は応援してくださいましたか?
ちょうどパートナーとお付き合いしている時で、初めてアメリカに行きたいと話した時は驚いていましたが、理由をちゃんと説明したら納得して応援してくれました。家族も前向きに応援してくれて、ありがたかったです。
●看護師が生き生きと学び続けられる環境を
———学んだことを踏まえて、今後のビジョンはどんなものでしょうか?
まずは身の回りの小さい規模からでも自分が学んだことを還元したいと考えて、お世話になった地元の病院に再就職しました。TCで学んだリーダーシップ研修を3年目の看護師向けにアレンジしてやった後、この4月から部署内の教育のリーダーになり、研修と教育のプログラムを作って進捗管理を統括しています。初めは新しい風を吹かせるのは難しかったんですが、中にいるベテランの方たちがサポートしてくれたおかげで叶いました。
後輩たちがすくすく育っているのを見るとよかったと思いますが、もっと規模を広げないと本当にやりたいことにはたどり着けません。色々なご縁をつなげて、少しずつでも進めたらいいと思っています。先日は新潟県が主催するセミナーで基調講演の登壇をして、新たなつながりもたくさんできました。
現在は仲良くしている方が立ち上げた「Medi-LX」という会社の外部顧問もやっています。模擬電子カルテなど、看護師向けのオンライン教育に力を入れている会社で、ゆくゆくはメンバーとして関わっていきたいですね。帰国した直後は焦っていた時期があったんですが、留学中に知り合ったメンターの方たちから焦らずゆっくりやっていけば大丈夫、と声をかけてもらってから肩の力を抜いて、プライベートも楽しみながら仕事も頑張れるようになりました。
Medi-LXの概要:https://medi-lx.jp/cont/company/
———最終的にやりたいことを具体的に教えていただけますか?
自分の原点である看護師が、働きながら生き生きと学び続けられる環境を整えることです。育児や介護の負担がある看護師でもずっと楽しく学び続けられる環境を、地方格差なく整えたい。これが私の軸なので、オンライン教育や病院の研修プログラム、国としてのサポートなど様々な視点からそこに向けて進んでいきたいと思います。
———実は私の妹が看護師で、内藤さんのブログを勧めようと思っていました。
本当ですか?! 私は看護師になりたいって言った時に親や先生に反対されましたけど、皆に賛成してもらえる社会を目指したいんです。「看護師は大変・キツい」というイメージが先行するので、自分が看護師の王道じゃないキャリアを積むことによって、後輩たちに「こんな人もいるんだな」と思ってもらいたいですね。
●1つでも問いがあるなら大学院へ行こう
———最後に、どんな人に大学院を勧めたいですか?
看護でも看護以外の学問でも、これを追求したい! 答えを見つけたい! というワクワクをかき立てられる問いを1つでも持っている人にこそ、進学してもらいたいですね。答えを見つけられるとは限らないし、コストも時間もストレスもかかりますが、その問いが軸になれば辛くても続けられると思うんです。進学する過程でたくさんの人と縁がつながりますし、色々な人たちの話を聞きながら自分は一体何の問いがあるんだろう? 何を解決したいんだろう? と身の回りの問題に立ち戻ってほしい。私は憧れのコロンビアの水色のガウンが着たいとか、そんなモチベーションもあったんですが、大切なことはそれが叶うかどうかという結果よりプロセスの中にあると思います。
———社会人の学びは自分で問いを立てるという時点で、大学生とはまったく違いますよね。
身近に関わっているものを学びたいという欲が強いのが、大人の学びの特徴のひとつなんです。これが気になる、なぜこうなるんだろう?という疑問からスタートするところが、大人ならではの学びですよね。