働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は立教大学大学院経営学研究科で学ばれた加藤走さんです。(インタビュー時:同研究科の博士後期課程に在籍中)
立教大学大学院の「リーダーシップ開発コース」の立ち上げから運営スタッフとして関わっていらっしゃった加藤さん。ご自身の実務と並走して大学院で学ぼうと思い至った経緯や、学ぶことで見えてきた「リーダーシップ開発・リーダーシップ教育」への思いを伺いました。
2009年立教大学社会学部産業関係学科卒業。卒業後、システムエンジニアとして勤務したのちに、2014年から立教大学経営学部の学生全員対象のリーダーシップ教育プログラムのコーディネーターを担当。2019年からは、立教大学大学院の「リーダーシップ開発コース」の立ち上げから運営スタッフとして従事。
また、仕事と並行して立教大学大学院経営学研究科にて「リーダーシップ開発」を研究。2021年立教大学経営学研究科経営学専攻博士前期課程修了。インタビュー時は、同研究科博士後期課程在籍。
立教大学経営学研究科経営学専攻博士課程
修士前期課程
入学年月日(年齢):2019年4月1日(34歳)
卒業年月日(年齢):2021年3月31日(36歳)
修士後期課程
入学年月日(年齢):2021年4月1日(36歳)
●「人・組織」がキャリアを考える時の軸足に
———まずはご経歴や進学のきっかけとなったことなどを教えていただけますか?
大学院の進学には、学部時代の経験も関係しているのでまずは、学部の話を少しさせてください。私は立教大学出身なのですが、立教大学に入学してすぐに知らされたのは、「入学した学科が翌年以降はなくなり他の学科と統合される形で経営学部が新設される」ことでした。そして、その経営学部のコアプログラムとして立ち上がったのが、立教大学の学部生全員にリーダーシップ教育を提供することを目的にした「BLP(Business Leadership Program)」でした。
このBLPというプログラムには先輩学生が授業のアシスタントを行う仕組みがあるのですが、新設の学部である経営学部の1期生には、学部の「先輩」がいませんでした。そこで、当時このプログラムの主査であった教授のゼミに所属していた学生に声がかかりました。私は、たまたまそのゼミに所属していたこともあり、立ち上がったばかりのリーダーシップ教育プログラムの学生アシスタントをすることになりました。
そういった経緯で、立教大学でリーダーシップ教育プログラムが立ち上がるその過程を学生アシスタントの立場で見ていて、リーダーシップ教育の可能性を感じていました。当時は卒業後もこのプログラムと関わるとは想像していませんでしたが、リーダーシップ教育との繋がりは、学部時代から始まっていました。
———学部卒業後にIBMのシステム・エンジニアとして就職されたというのが意外だったのですが、IT業界に入られたんですね。
学部生なりに、今後の世界の流れを考えたときに重要になる領域としてIT業界には関心を持っていました。また父の仕事の影響もあり、人や組織の力を活かし目標を達成するプロジェクトマネジメントという仕事にも興味があり、プロジェクトマネジメントのプロフェッショナルとして成長できそうな会社をと、先輩たちに相談し検討をしました。様々な先輩からプロジェクトマネージャーの育成として有名な会社としてIBMのことを聞くことが多く、縁もあり日本IBMのエンジニアとしてキャリアを始めた経緯があります。
しかしながら、学部生時代の私の理解が不足していたこともあり、入社後の仕事は私が想像していた以上にITの知識とスキルを習得することが中心の仕事生活になりました。ITについて学ぶことは楽しい一方で、「人と組織の力を活かす」という点で自分が成長し続けていけそうかについては、違和感を覚えることもありました。目指したい自分の姿と注力している仕事の領域が乖離しているような感覚から、ITエンジニアとしての自分の長期的なキャリアに悩みました。
ちょうどそのころ立教大学のリーダーシップ教育プログラムの運営に関わっているBLP事務局のスタッフの方が任期で辞めることになりました。その方が私のゼミの先輩だったこともあり、キャリアについて悩んでる私に声がかかり立教大学のBLP事務局で仕事をすることになりました。
———なるほど!なぜITエンジニアだったのだろうかと思ってたのですが「人と組織」があってのIBMだったんですね。そこがずっと加藤さんの軸足となっている感じがします。
そうですね。日本IBMでエンジニアとして仕事をしていたときも自分の関わっている組織をどうやったら良くしていけそうかという命題に対しては、情熱が湧き、いい仕事につながりやすかったと思います。その一方で、1人のエンジニアとしてどうなのか悩みました。エンジニアとして自分より優秀な人が大勢いる中で、このままITの専門性を突き詰めていくのが自分の仕事人生でいいのかなと。
その頃、人事と一緒に新入社員研修を担当する機会に恵まれたんです。自分はこのような分野が好きで、楽しいんだなと再認識する経験でした。その後、お声がけいただいたBLP事務局の話を受け、色々と考えたうえで転職をすることにしました。
そして、5年ほどBLP事務局で働き、その後のキャリアを考えていたところ、新たに立教大学に社会人向けの大学院として「リーダーシップ開発コース(Leadership Development Course):通称 LDC」が立ち上がることが決まりました。BLP事務局は後任の方の目途がついていたこともあり、私が大学院の新コースのWebページの構築のまとめ役を担当することになったことから、この新コースの立ち上げから事務局スタッフとして関わることになりました。
大学院の新コース立ち上げに際しては、コースの特徴を踏まえたLMS(Learning Management System)の企画、設計、構築なども担当しており、エンジニアとしての経験とリーダーシップ教育プログラム運営の両方の経験があったことで、結果的にこうして「人づくり、組織づくり」の大学院の運営の仕事に繋がっているのは不思議な縁だと思います。
———実務のみでは専門性の限界を感じて、事務局での仕事と並走して大学院に行くことにしたという感じでしょうか?
そうですね。専門性を磨きたいというのもありますが、自分が持っていた「なんか分からないなぁ」という謎を解消したい思いがあったのも大学院進学を考えた理由の一つです。
立教大学のBLP事務局の仕事では、多くの教職員・学生、様々な企業や教育機関の方とリーダーシップ教育についてコミュニケーションをする機会がありました。そうした過程で、この教育プログラムが学生にとって価値があるプログラムであることの理解が深まっていきました。その一方で、「リーダーシップが伸びている」という現象は、他の言葉でどのように表現したらよいのか、そもそも「リーダーシップ」とは何なのかを納得いく形で表現する方法が自分の中には不足している感覚がありました。自分の中で「リーダーシップとはなんなのか」について疑問が膨らみ続けていたんです。
———表面的な理解はできているが、一体それは何なのか、メカニズムをもっと知りたくなったというか。プログラムに長く伴走する立場だからこそ膨らんでいきそうな疑問ですね。
リーダーシップ教育に関わる仕事をしながら、慶応MCCや、コーチングなどの社会人向けの研修などを受けて人材開発の知識が増えて、人の成長の仕組みについて理解が進んでいる感覚はありましたが、あるレベルから説明できる言葉が増えないというか、仕事をしているだけではこの先に伸びないなという感覚がありました。
———論文を読んだり自分で書いたりする中で、それが少しずつ解消されていく感じってありますか?
ありました!これは相当変わったと感じています。読むのも大事ですし、書くのも大事でした。読むことで分かることももちろん増えましたが、論文を書くプロセスで分かるようになっていく、学べているという感覚がありました。
———先日別のインタビューでもこの話題が出て「書くことで頭が整理され、プロセスが本当に腹落ちする」みたいな話になったんです。自分の言葉で書くってホントに大事なんだなぁって思いました。
そうなんです。書く過程で、書けない自分に気付くんですよね。「あ、これ分かってない」っていうのに気付いて調べる。例えば「この研究は、まだされていない」と言い切っていいのか分からない。言い切るためには「どんな研究がされていて、何がされていないのか」をちゃんと調べなくてはならない。書くために論文を何本も読んで、ようやく1行書ける。それを繰り返していき、分かっていることと分かっていないことが分かるようになっていく感じがありました。
———他の大学を検討しなかったわけではないけど、自分の希望するものを全部満たしてるのはやっぱり立教だったということですよね。
そうですね、大学院進学にあたっては、自分のその後のキャリアも含めていろいろ検討しました。
例えば、一つの可能性として、大学事務局としてのスペシャリスト・教育プログラムの専門家というキャリアの可能性も検討はしました。BLP事務局で仕事をしていて分かったのは、私のように教育プログラムの運営を教員という立場ではなく、専門的に仕事としている人は珍しいということでした。ただ、PBL(Project Based Learning)や、大規模なアクティブラーニングのような、教職員・学生・外部支援者が協力し合って組織的に取り組む必要がある教育プログラムは、プログラムの教育的特徴について理解をしつつ、仕組化をしたり関係者を繋げるプログラム運営の人材もいないとうまくは回りません。そういった観点から、大学経営について学びを進める方向性はどうかな、とその道で活かせそうな大学院も調べました。
しかしながら、自分のキャリアの軸を踏まえると、少し違うかもしれないなと。自分は、やはり人や組織の変化そのものや、リーダーシップという現象に関心があるので、リーダーシップ開発を軸にしていくのがよいだろうと考えるに至りました。
「リーダーシップ開発」についての研究を大学院で行うとしたら、入学先の条件は「人材開発・組織開発の専門の教員がいる」「リーダーシップを専門にしている教員がいる」「リーダーシップ教育を実践している現場がある」この3つが揃っている大学だと思いました。そう考えたときに、結果的に日本では立教大学一択でした。
●研究活動を通じて、自分の立ち位置が見えてきた
———大学経営のスぺシャリストではなくリーダーシップ開発の専門家になりたいとのことでしたが、例えばどんな自分になりたいとか、実現したい何かのイメージをお持ちですか?
修士課程に入り国内外の研究を見て分かったのは、リーダーシップ開発については国内の研究が非常に限定的であるということでした。「リーダーシップ教育」や「リーダーシップ開発」を専門的に研究している人が、日本に僅かしかいない。海外には研究者も多く、知見の蓄積があることが分かりましたが、国内への展開を考えると現状のままでは限界がありそうでした。
先行研究などを見ていくと、気になっていた謎はある程度解消したのですが、それと同時にこの領域を専門的に研究している人が日本にはほとんどいないことに気づいたんです。
アカデミックな知見に結びつく「リーダーシップ教育」や「リーダーシップ開発」を説明できる人が日本にはもっと必要なんだろうとは思いました。
だったら自分がそこを担えばよいのではないかと思うようになりました。それが、博士に進もうと思った理由です。研究を進めるにつれて、自分が世の中に対して「リーダーシップ開発」という領域で知見を提供していく側になるという責任を感じるようになったという感じです。
———疑問から責任感に変わる転換点があったということですね。
新人研究者として研究の知見を外部に紹介していくということは、チャレンジングな側面もありますが、やると決めたからやってみるかという気持ちでいます。将来的に論文や本という形で、リーダーシップ開発のアカデミックな知見を海外のものを含めて日本で伝えていけたらと思っています。
———そういう展望もあるんですね。今後は、リーダーシップ「教育」のメカニズムを日本で解き明かすための研究をしていくという感じでしょうか。
リーダーシップ開発という領域を、日本の中で少しでも多くの人に知ってもらうのが大事な役割なのかなというのが最近自分で思っていることです。
———大学院で、一番思い出に残っている瞬間ってありますか?
経営学研究科の授業の中で記憶に残っていることは色々とありますが、「人材・組織開発特論」の授業はとくに印象に残っています。この授業では、実際に企業に出向き、経営者と対話を繰り返して人材開発・組織開発の課題に取り組むのですが、目の前の人に結果が響いていくプロセスを実感できたのが大きかったです。
私が在籍していたころの経営学研究科は、通常の授業ではアカデミックな観点の話が中心であったのですが、各授業で経営戦略論、組織行動論、人事管理について学んだことが、人材開発・組織開発のために組織に関わる際にして、組織の見立てを考える上ですごく役立ちました。
「人材開発・組織開発特論」で実際に組織に関わるときに、経営の姿が少し立体的に見えてくる感覚がありました。つまり、目の前の人を見るだけでなく、その背景にある「経営」という世界を複数の次元で見るような感覚です。授業として組織に関わる過程で、組織の戦略に構造、仕事や人事の仕組みが相互に関連し合っていること、その状況の中で組織開発としてどの課題を扱おうとしているのかを想像している自分がいて、各授業で学んだことが「つながったな」と腑に落ちたんです。
———理論の理解がないまま、どうしても実践だけやっていると個々の人だけを見てしまい、木を見て森を見ずになってしまうのはすごくよく分かります。
———大学院で得た一番の学びのようなものはありますか?
自分の立ち位置が見えてきたことですね。
大学院に進学した後の研究の過程でアメリカでのリーダーシップ教育のこれまでの変遷や、リーダーシップ研究・リーダーシップ実践という世界の広がりが見えてきて、その結果、立教大学のBLPやその運営に関わってきた自分が、この世界の中でどういったう立ち位置にいるのかが見えるようになってきました。
立教のリーダーシップ教育の実践しか知らなかった世界から、リーダーシップ開発の地図の中で立教の位置付けについて理解が深まったというのが、自分にとってはすごい学びだったんだと思います。
●「自分の役割のひとつ」として続けていく研究
———博士後期課程の修了まで2年以上あるかと思うんですけど、その後の何かキャリアイメージというかこんなことやりたいなということがあれば教えてください。
実際のところ、何で稼ぐのかと何を研究するかはあまり関係ないと思っています。ただし、今後継続して研究はしたいと考えています。リーダーシップ開発の研究をしてその知見を世の中にお届けするというのは、ライフワークとして自分の役割のひとつとしてやっていきたいですね。細々とになるかもしれないし、それが収入と直結する仕事になるかもしれません。どれぐらいの割合で仕事として位置づけられるのかは分かりませんが、研究活動は継続していきたいです。
あとはどうやって生活していくための収入を得るかですね。LDC事務局の仕事を続けるのか、博士の学位が得られた後に教える立場で収入を得るのか、企業等でリーダーシップ開発に関わるのか。自分を欲しいと言ってくれるところがあれば考えたいです。
大学院で身に付けたリーダーシップ開発の専門的な領域の知見を活用できるところや、BLP・LDCの事務局での経験を活かせるところは一つの候補になると思われます。また、研究の過程で新しい知見を獲得し整理し生み出すことにチャレンジする経験ができましたし、統計分析も意識的に時間を割いて学んできたので、そうしたことが活かせる組織があるなら、ご縁があるところでキャリアを歩んでいければいいなと思っています。
●「解き明かしたい謎がある人」は研究系の大学院への進学をお勧め
———最後に「どんな人に進学を勧めますか」あるいは「どんな人に立教LDCを勧めますか」っていうのを伺えたらなと思うんですが、立教の経営学研究科を出た、LDC事務局として関わってこられたそれぞれの観点があると思うので、どんな人に勧めるのかとても興味があります。
まず、立教LDCについては、「ぜひ、ホームページを見てください」という一言に尽きます(笑)。私たちが伝えたいことをまとめていますので「人づくり・組織づくり」について学ぶことに関心がある方には、見ていただきたいです。教職員、在学生、修了生がそれぞれの視点からこのコースについて、インタビューなどの形式で掲載されています。LDCの魅力は一言では表しきれないので、ホームページを見ていただけたら嬉しいです。
———スミマセン、確かに愚問でした。ホームページ見て、と(笑)。では、どの大学院であったとしても、学ぼうかなと思っている人にかける言葉を頂けたらと思います。
これは私の感覚なんですが。社会人向けの高度プロフェッショナル人材育成の大学院ではなく、研究系の大学院に向いている人は、「この世界に、謎に思っていることがある人」だと思います。
———「教えて欲しい」より「知りたい」とか「解き明かしたい」といったモチベーションということでしょうか。
MBAのように、網羅的に多くの知識やスキルを身につけることや実務的な思考力を高めることを目的にしている大学院もありますが、研究をすることが目的になっている大学院の場合は体系的に学ぶことに必ずしも重点が置かれているわけではありません。したがって、自分の目的に合わせて適切な大学院を選ぶのが大事だと思います。
もし、研究が目的で大学院に行く場合は、新しい知見を世の中に生み出す研究活動をすることが目的なので、気になって仕方がないことがあるとか、解き明かしたい謎を持っている人が向いていると思います。
例えば、経営学の分野ではMBAを取ってから博士後期課程に進学したものの、博士後期課程からの活動に苦労したり悩んだりする人がいるという話を聞くことがあります。MBAを取得して、研究はしていなかったものの修士の学位を持っているのでMBAでの学びを更に進めようと、博士後期課程に入ったものの大学院との向き合い方が異なることで苦労する人が多いのではないかと思われます。
領域や大学によっても異なると思いますが、研究することを目的にしている大学院に入った後は「あなたが解き明かしたいことは何ですか。自分の時間、自分の人生を使って研究していきたいことは何ですか」が問われ続けるようになると思います。前期課程(修士課程)ではその領域や研究方法についての理解を深める基本的な授業がありますが、博士後期課程以降はいわゆる授業と呼ばれるものは僅かなことが多いと思います。研究指導を受けることはできますが、先行研究を調べてまとめて、新しい知見を生み出すために自分の研究を進めるのは自分自身です。また、社会人学生の場合、研究と仕事が必ずしも直結しているわけではありません。つまり、なぜ研究をするのか、何を研究するのかは自分が納得する形で自分で決めて、その想いを研究のモチベーションの源泉にして取り組むしかありません。
したがって、研究系の大学院の場合は、たくさん学びたい人よりは、謎だよなぁ、解き明かしたいなぁ、というモチベーションがある人に向いていると思います。専門領域やテーマが合えば研究者育成にパッションを持っている大学の先生方と、その謎についてディスカッションができると思いますので、大学院に行って世界を広げていくことを楽しんで欲しいです。