社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」
今回は筑波大学社会人大学院を修了された濱元徹美さんです。
長年の目標であった研究者への一歩を踏み出すべく、大学院進学を決めた濱元さん。多忙な教員の仕事をこなしながら、大学院を修了されました。ただ、仕事と学びの両立は想像以上に大変だったそうです。
進学が決まった方、これから進学を考えている方に対する具体的なアドバイスもお聞きすることができました。
大学卒業後、スターバックスに勤務。その後、東京都の小学校で働く。カウンセリング心理学・学校心理学を学び、「傾聴的会話」の実践をクラスで行う。2022年4月筑波大学大学院カウンセリング学位プログラムに入学。社会人大学院として日中は授業を行い、夜は授業を受け、半分研究者・半分実践者として働きながら大学院に通う。今まで、実践してきた「傾聴的会話」の介入の研究を本格的に行う。現場に役立つ研究、現場に役立つ理論、研究や理論に基づいた学級経営、学校づくりを目指している。子供同士の会話、先生と子供の会話など会話について研究していきたい。
卒業・修了した大学・大学院:筑波大学大学院
入学年月(年齢):2022年4月(37歳)
修了年月(年齢):2024年3月(39歳)
●民間企業勤務を経て教員に
—————初めに、ご経歴を簡単に教えてください。
大学では英文学部の文化人類学を専攻していました。学部自体は教育とはあまり関係のない分野でしたが、教員免許も取れる大学でしたし、教師の道にも興味があったので免許を取りました。
大学卒業後は教師や研究者になる道も考えましたが、スターバックスへの就職を決めました。僕は元々歴史が好きで。資本主義全盛の時代に生きているのなら、人生で一度は資本主義の世界に身を置きたいという気持ちがありました。
スターバックスで3年間働いた後、小学校教員に転職し、現在も公立小学校の教員として働いています。筑波大学大学院には2022年4月に進学し、2024年3月に修了しました。仕事を辞めて通うことも考えましたが、教員として働きながら大学院に通うことを決めました。
本当であれば大学を卒業してすぐに大学院に進み、研究者になりたい気持ちもありました。ですが、大学院の学費や生活費などの費用を工面するのが難しかったんです。
学部生の当時から社会人大学院の存在は知っていたので、まずは一旦働いて学費を貯めてから大学院に行こうと思っていました。
—————一旦社会に出てから大学院に通うというのは決めていたんですね。学部生のときに進みたいと思っていた大学院は、籍を置いていた学部と同じ、人類学系だったんですか?
学部生だった当時は、進みたい分野がはっきりと決まっていたわけではありません。
文化系だと教授の枠も少ないですし、実用的な分野ではないんですよね。その研究を突き詰めたからと言って人々の役にも立てる分野ではないという話も、当時相談に乗ってもらっていた教授からたびたび聞いていました。
ただ、何かを突き詰めることとか、学んで新しい発見をすることとかはずっと好きだったので、研究者として働きたいという思いはずっと持っていたんです。
社会人になって、教員として働いている中で教育心理学の分野に関心をもつようになり、その分野に進むことを決めました。
●働きながら大学院へ通う理由
—————大学院はどのように選んだのでしょうか?
大学院は、働きながら通えて教育心理学を学べるところを探しました。
教育心理学の研究をいろいろと調べているうちに、脳の発達や認知系などについてラットなどを実験対象にした研究は多いんですが、学校現場で起きている現象を臨床的に研究しているものは少ないことが分かったんです。
学校現場は、普通の研究者が踏み込みにくい領域なんですよね。だから、学校現場に立っている自分が現場で起きている現象について研究すれば、研究自体の価値も高まるのではないかと思いました。
ですので大学院に入る前から、自分自身の学校や、自分が担任しているクラスを調査対象にして修士論文を書くことを決めていました。そのような経緯もあり、先生をやりながら社会人大学院に通うことを決めました。
—————確かに、検証の対象となる現場を身近なところにおきながら研究できるというのが。社会人大学院の良さですもんね。
そうですね。ただ、選抜した教員を大学院に派遣するという制度が東京都にあるんですが、今となってはその制度を利用してもよかったなと思います。やはり働きながら大学院に通ったこの2年間は死ぬほどきつかったので……。
あとは国の制度で休職して通うこともできたんですが、公務員だとアルバイトもできないので金銭的にそれも苦しいなと思って。
働きながら通えて教育心理学を研究できる大学を探していたところ、筑波大学のカウンセリング学科を見つけました。筑波大学大学院は社会人大学院としても 30年近くやってるという実績もありましたし、自分の研究したい分野の先生もいたので、筑波大を受けました。
—————筑波大学大学院に行って、「これがよかったな」ということはありますか?
筑波大学社会人大学院の一番の良さは、学生全員が社会人を経験していること。いろいろな業種、立場にいる方々と仕事の話をする中で学ぶことがとても多かったです。
小学校の先生たちでは繰り広げられないようなネタがどんどん出てきて面白かったし、勉強になりましたね。
20代後半から上は60歳まで、国家公務員もいれば起業してる人もいるし、大企業の副社長をやっているような人もいる。年齢も仕事も様々な人たちと学べるのは、社会人大学院の魅力かなと思います。
あとは、心理学の研究をしっかりとできたこと。論文の読み方に始まり、質的研究・量的研究の方法、カウンセリングについてなど学べたことがよかったです。
●仕事と学びの両立は、想像以上に大変
—————進学して学んでみて、ちょっとこれは想定外だったなということはありましたか?
教員の仕事をしながら学ぶのは、想像以上に大変でした。来年もう一回行けと言われたら無理だなってくらい(笑)。
まず平日は日中の仕事を終えて、18時半から21時半ぐらいまで授業を受けるというのを週3から週4くらいのペースでやって。仕事の休日にも授業はあって、土曜日は朝の10時から21時まで、間に1時間休憩を挟むだけで9時間ずっと授業なんですね。
そのようなカリキュラムであることは分かっていましたし、かなり大変になるだろうなという想像はありましたが、大変さはその想像を超えていました。
私はカウンセリング学科なので、うつ病とか強迫症と言った精神疾患についても学ぶんですが、勉強しているうちに「うつ病の症状に今の自分がいくつも当てはまっている……」と気づいてしまって(笑)。
それくらい、自分を追い込まないとやっていけなかったん。働きながら大学院に通うのであれば、ある程度の覚悟は必要だと思いますね。
あとは、修論を書く時期も死にかけました(笑)。ただ、それは私だけではなく、修論を書く時期はどの人もひいひい言っていた印象です。
—————濱元さんは、どんなテーマで修論を書いたんですか?
担任しているクラスにカウンセリング的介入を行うと、クラスの児童はどのような影響を受けるのかを研究しました。自分の担任している学級を、カウンセリング的介入を行う「介入群」、近くにある学校の学級を、特にカウンセリング的介入を行わない「統制群」にして、約6ヶ月に渡って調査を行いました。
所属は学校心理学の領域で有名な飯田順子先生のゼミでしたが、その他もう3人くらいの先生たちからも指導を受けられるようなシステムでしたね。
—————研究の結果はいかがでしたか?
結論から申し上げると、介入したことによる児童へのはっきりとした影響は見られませんでした。介入群と統制群では、統計的に有意差が出なかったんです。したがって、介入しても介入しなくても変わらないという結果になりました。しかし、研究が全く無駄に終わったわけではありません。
児童への介入を続けながら、6ヶ月間のうちに計5回の質問紙による調査を継続的に行ったところ、児童の「被援助志向性」が強まっていることが分かったんです。つまり、児童が教師のことを「助けを求める対象」として認知するようになった。
逆に言うと、ただ授業を行うだけの教師は児童の助けを求める対象になり得ないんです。それは数々の先行研究でも報告されています。教師にとっては悲しい現実なんですが。
だけど、私が行ったようなカウンセリング的介入を少しずつ行っていけば、児童が教師を「助けを求めてもいい」対象として認識するようになることが分かったというわけです。
●これから進学するみなさんに伝えたいこと
—————進学前に戻れるならこうする、ということはありますか?
これはねえ、ありますね。ぜひみなさんに知ってほしいことが。筑波は試験が8月、合格発表が10月なので、大学院が始まるまで5ヶ月くらいあったんです。
4月から忙しくなるのは分かっているので、事前にできることはやっておいていいスタートダッシュを決めたいなと思って、どんなことを準備しておけばいいのかいろいろな人に聞きまくりました。だけどちゃんと教えてくれる人がいなくて(笑)。
私が2年前の自分へ絶対にやっておけってアドバイスしたいのが、「論文の書き方の本を読んでおけ」ということです。
論文の書き方は、大学院では全然指導してもらえないんです。なのでいざ執筆する際にだいぶ苦労しました。論文の書き方を書籍で学んで、さらに自分の分野の論文を読んでおくとなおのことよいと思います。
あとは、心理学の分野に進むのであれば統計の本を読んでおくこと。統計については授業でも教えてもらえますが、先に知識をつけておくと楽だと思いますね。
自分がしたい研究の方向性を固めておくことも大切です。私の場合はしっかりと固まっていたのでよかったんですが、人によっては構想発表会のあたりでなかなかテーマが定まらずに右往左往したりと、結構苦しまれていました。なんとなく「こんな研究しようかなー」って入った人は、ここが一番辛かったと言っていました。
—————これから社会人大学院を目指そうとしている方にアドバイスをお願いします。
実は僕、筑波に入るまで3回落ちているんです。筑波は大学院にしては倍率がすごく高くて、6倍から7倍もあるんです。受かるために一番近道なのは、プロに教えてもらえる予備校に通うこと。自分の同期でも予備校に通っていた人がいて、その人は半年くらいの勉強で受かったと言っていました。
ネックはお金で、結構高いんですよね。金銭的に余裕があるのであれば予備校に行くのがいいと思います。
僕が取った方法は、博士号を取った人、あるいは博士課程に進んでいる人をどうにか友達にして、その人に研究計画書を添削してもらうという方法です。大学院は同じでなくてもいいと思いますが、分野がかぶっている人のほうがいいでしょう。
ぼくはその友達に添削をしてもらって、なんとか受かりました。それまで研究計画書の書籍を読んで書いていましたが、フィードバックしてくれる人がいないと試験に落ちても自分の計画書のどこが悪いのかがわからないんですよね。だから、書籍だけの対策で受かるのはかなり難しいと感じました。少なくとも、僕レベルの頭では無理でしたね(笑)。
その道の人にきちんと添削をしてもらって、どこが悪いのかを指摘してもらうのが遠回りしない方法だと思います。
—————並々ならぬ熱意をもって筑波に入ったのが伝わってきました。最後に、濱元さんの今後についてお聞かせください。
まずは修士論文をまとめ直して学会に提出し、その後博士課程に進みたいですね。そして、ゆくゆくは助教や研究者として働ければと考えています。
—————濱元さんには、同じ教員の方たちにとっての希望の星となってもらいたいです。本日は、ありがとうございました!
執筆者:aida