実務の視点から、アカデミックに貢献する。一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻

社会人大学院の経験談を紹介する「先輩インタビュー」
今回は東京大学大学院情報学環教育部と、一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻を修了された平松優太さんです。

個人情報に関わる仕事を長年していくうちに、自分なりに納得感を得たいと感じることが多くなり、二つの大学院で学んだ平松さん。今回のインタビューでは、「都民の公僕でありたい」と語る平松さんの、仕事に対する熱い思いを伺うことができました。海外の個人情報事情についても、詳しくお話していただきました。



平松 優太さん

生まれも育ちも、今の住まいも東京都大田区。都立高校を卒業後、都内大学で公共政策を学びながら、東京都で働く。人権啓発や行政改革、情報法制の仕事に携わる傍ら、地元の文化振興を図るまちづくりNPOの代表も務める。

卒業・修了した大学・大学院:東京大学大学院情報学環教育部・一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻
入学年月(年齢):2021年4月(東京大学)、2022年4月(一橋大学)
修了年月(年齢):2023年3月(東京大学)、2024年3月(一橋大学)

都民の公僕として、個人情報の仕事に携わる

——————はじめにご経歴を簡単に教えてください。

学部時代は駒澤大学法学部政治学科で行政・公共政策コースを専攻していました。現在は東京都で自治体の職員として働かせていただいています。

長く人権や個人情報に関わる仕事をさせていただき、ここ数年はずっと情報法制に関する今の部署で働いています。情報が日進月歩に進み、ルールがどんどん複雑化し、ビッグデータの活用も進んでいる中で、我々自治体職員は住民の方々にとって腑に落ちる説明ができなくなってきたな...という実感がありました。我々は職員として住民の方たちに新しい制度を説明したり、時には申し訳ないこともお願いしたりするわけなんですが、腑に落ちる説明ができなくなってきたなと思うようになってきたんです。

また働き始めて2 、 3 年目ぐらいまでは、学部時代に勉強した貯金で仕事をしてこれたんですが、 しばらくすると限界を感じるようになってしまって。

こうした背景から、大学院への進学を決めました。

最初は「東京大学大学院情報学環教育部」に入り、その2年目から「一橋大学大学院 法学研究科 ビジネスロー専攻」に入りました。4月からは博士課程に進学させていただくことになっています。



—————ここ10年くらいでマイナンバーが登場したり、最近だと保険証がマイナンバーと一体化する動きが出ていたり、個人情報の利活用が進んでいますよね。平松さんはそれをまさにやってきた方ってことですよね。

近年法改正が激しくなってきたので、新しく入った人では対応が難しくなってきているのも事実です。

以前は、マニュアルさえ持っていればなんとか仕事はできたんですが、法改正が3年に一度と頻繁になってきたので、それがわかる人が必要で、私がたまたまその流れにハマったという感じなんだと思います笑

当時はとにかく目の前のタスクをこなしていて……自分が「やらされていた」ものは一体何だったんだろうと、振り返りたくなったんです。



「御社のプライバシーポリシーを、全て捨ててください」

—————平松さんのお仕事しているところって、ルールを作るところなんですか? それとも、誰かが作ったルールを国民や都民の人たちに説明する、つまり文章やスライドとかを作るとかそういうところなのでしょうか。

去年まではどの自治体も「個人情報保護条例」というのを自前でもっていました。各地域が自分たちの個人情報のルールを自分たちで作っていたんですよ。

私は個人情報保護条例の所管部署だったので、それを対外的に説明したり、一部改正してってことをしてました。

そんな中、最近の法改正で、各自治体で作った条例を廃止しなければいけなくなったんです。各自治体がそれぞれの条例でやっていると、自治体によって個人情報の取り扱いが異なるのでデータの利活用が進まなくなるという議論が国で行われて、それで条例を全部なくしてくださいということが始まりました。

会社で例えると、国から「御社のプライバシーポリシーは全部捨ててください。今後日本の会社は全てこのプライバシーポリシーでいきます。」といきなり言われるようなもので。

自分にとって非常にショッキングな出来事でした。今まで諸先輩が丹精に作ってきたルールを全て捨てなくてはいけない事態に直面して、今まで我々がやってきたことが正しかったのか、という疑問が湧いてきました。



—————それはかなりショッキングな変化ですね。

アイデンティティの喪失のようなものがありました。条例は会社でいえば社長のような代表者の一存で作るんじゃなくて、首長から提案したとしても議会の議決を経て作るものなので、言ってみればたゆまぬ汗と涙の結晶なわけです。

そうした条例が先輩たちから受け継がれ、平成の初期から地道にメンテナンスされてきました。それをあるとき、「廃止してください」と国から一本の通知がきて、それで廃止するということになってしまった。私はその廃止の担当者になってしまったんです。



—————秘伝のタレをドブに捨てろって言われたみたいなことですよね。

いい表現ですね(笑)。まさにそんな感じです。

国の説明としては、一定の規模がある市町村では自前で条例の整備ができるけれど、過疎地などはそれができない。そういった不平等をなくすために、国が統一ルールを作ります、ということだったのです。

実は、ドイツやフランスでも同じような議論が起きていて、もともと統一ルールを作る政策思想がありましたが、揺り戻しがあって、実は運用レベルでは一元化してないんです。そうしたヨーロッパの状況が、日本ではあまり知られていないという現状があります。



言語の壁から生まれた違和感

少し込み入った話になりますが、GDPRというヨーロッパでできたとても厳格な個人情報保護法みたいなものがあって、日本も今それに合わせる形で法改正を進めているんです。2018年にGDPRがスタートしたんですが、スタート直後にイギリスがEUを抜けたんです。日本人の多くは英語が読めるので、イギリスが加盟しているうちはイギリスの研究者の論文も多く参照されていたんですが、英語を母語とするイギリスがGDPRを適用するEUを抜けてしまったために、その後のGDPRの動向が日本語の論文や文献としては闇の中になってしまった。

つまり今の日本の個人情報保護法は、ある意味でヨーロッパが理想に燃えてた時代、きちんと始動する前のGDPRをよく参照して作られた制度だというわけです。じゃあ実際ヨーロッパでそのGDPRを動かしてみてどうだったかというと、ドイツやフランスでは揺り戻しみたいなものが結構起こったようなんです。

そこに日本は理論的にも実務的にもタッチしきれていないんではないかと思っています。なぜなら私も含めて日本人は英語以外の言語を義務教育ではやっていないから。



—————— 面白すぎる!そんな背景があったんですね。

そうなんです。これが私の研究テーマになりました。

小さい自治体が自分たちのリソースでは制度を運営できない状況があるっていう理屈はわかるけど、本当にそうなんだろうか、というようなモヤモヤ。ただ、当時の私はそれを調べるスキルもないし、どう調べたらよいかも分からなかった。

それで一橋に行き、実務家の先生や政府の会議に出てる教授から指導を受けながら研究して結果、だんだんと分かってきたというところです。



—————面白いですね。言語が関わってくるところがすごくリアルというか。歴史でも参考文献が燃えてしまったとか、戦争で書き換えられたとかはよく聞きますが、言語を話す人がいないことで、研究が止まってしまうなんてことがあるんですね。


東大で最先端の知見を学び、一橋では実務との連携を

—————平松さんが行かれた大学院について詳しく教えてください。

まずは東京大学大学院の情報学環に入りました。こちらは修士でも博士でもなく、カリキュラムも学部相当のものだったんですが、まずは頭を学部生の頃に戻そうと言うことで学んでいました。

東京大学大学院の情報学環では2年で単位を取らなければいけないんですが、 私は単位の計算を間違えてしまい不覚にも1年目で全部単位取り終わってしまったんです。



——————すごいですね!

そうなんです(笑)。そういうわけで2年目が手暇になってしまった。

東京大学では、今世の中で起きてる最先端の科学技術、情報技術に触れることができましたが、実務に落とし込むには足りないと思っていて、どっかにいいのがないかなと探していたら、「一橋大学大学院 法学研究科 ビジネスロー専攻」を見つけて、ここいいじゃん、ということで入りました。

2024年3月に修士課程を修了し、4月から博士課程に籍を置くことになりました。



—————東大に行こうって思ったのは、そこが人権とか保護法などに関する最先端の知見を一番学べるところだったからなのですか?

最先端なのもそうですが、東大の大学院でいいなと思ったのが、狭い意味での個人データ保護じゃなくて、新聞、メディア、ビッグデータやAI、プライバシーと網羅的に触れることのできるカリキュラムだったんです。

どうしても個人情報の保護とか、それの利活用みたいなことを考えてると、視野狭窄的といいますか、そのことしか考えられないというようになりがちなんです。

これまで人権擁護やデータ利活用、個人情報保護の仕事をしてきて、私の中で気になっているポイントや軸があったのを、全て包み込んでくれるようなカリキュラムだった。

しかも学部相当なのがここだったんですよね。



—————理想的なカリキュラムだったんですね。東大の大学院には、平松さんの他にどんな方が来ていたんですか?

東大の現役の学部生や他大学の学部生もいれば、私のような社会人もいます。あとは定年した年配の方もいますし、老若男女、様々な方がいました。学部相当なので本当に誰でもという感じで。

ちなみに一橋のビジネスローの方は社会人大学院ですので、現役の学部生や大学院生はいなくて、企業の法務部とかそういった人たちが来ています。



—————一年目で全て単位を取り終わってしまって、東大の2年目から一橋に進学したんですね。

仕事をしていると「今しかない」みたいなところがあると思うんですよね。来年自分が暇になる保証がないですし。

そこで、今のまま他大の修士課程に行ってもいいかを各大学に確認したら問題ないということだったので、通いやすさも考慮して一橋の大学院に行くことにしました。

一橋の今の専攻の良さは、ビジネスや実務の視点があるところです。

東大で学んだ最先端の知見は個人的には面白かったんですが、最先端すぎると、今度は一般の人、市井の人に自分がうまく説明するっていう点では少し違うかなと思って。

東大で得た最先端の知見を元に実務を学ぶということで、一橋は僕の中で収まりどころとして良かったです。



—————平松さんは「研究したい」とか「探索したい」というよりも、研究と実務をつなぐみたいなことを目的としていたんですね。

大学院に行っていると、たまに転職するんですか?学者になるんですか?と聞かれるんですが、そのつもりはなくて。

私はやっぱり、国民だったり市民、都民のための公僕でありたいと思うんです。

今回の大規模な法改正によって、私たちがお預かりしている個人情報について住民の方から何か言われても、「法に従って対処しておりますので、文句を言われても困ります。」というような感じになっていっちゃうと思うんですよ。

それはやっぱり、住民の方の情報を預からせていただいているという当事者意識を欠いていると思います。

住民の方に納得してもらうためには、まずは自分が納得したうえで、自分なりの言葉で説明しなければいけない。

血の通ったコミュニケーションを取っていきたいんです。



—————平松さん、仕事が好きなんですね。

どうなんでしょう(笑)。まあ好きか嫌いかで言えば、好きなんだと思いますね。


実務の視点からアカデミックに貢献する


—————大学院に通って、「これを学べてよかったな」と思ったものはありますか?

そうですね、いろいろありますが……。自分はこれまで日本の論文しか読んでいなかったので、海外の論文に目を通せたことがよかったです。海外の研究を見る癖がついたことで、GDPRに関する英語の文献が明らかにどんどん減っていることを肌で感じました。

あとは、エレファントキャリアで他の方がおっしゃっていて、確かにそうだと思ったのが、「モヤモヤを解消できる」ということ。自分なりの仮説を設定し、それをクリアしていく。このプロセスがとても新鮮でした。


—————仮説の設定ができなかったっていうの、すごく分かります!

仮説さえ設定できしまえば、あとはその仮説を検証していくだけなので、それができるようになったのはすごくよかったですね。

勘所の掴み方だったり、相場観の押さえ方ができるようになってきて、仮説の構築というのがなんとなくできるようになりました。



—————それはやっぱり、大学院で見聞きしたことを元にできるようになったという感じでしょうか。

そうですね……。大学院入学前も独学でいろいろな書籍を読む方ではあったんですが、大学院では、得た知識から考えたことに対して、その考え方のセンスの良し悪しを指導教官に教えてもらえた。それがすごくよかったです。

「本にはこう書いてあるけど、そういう考え方だと誤解しちゃうよ」というような指導をしてくれる人がいてこそ、本当の学びだなというのは大学院に行って思いました。



—————いわゆる講義型の授業と、何かを題材にディスカッションするのとだと、どちらが多いんですか?

割合としては半々じゃないかな……。

一つの授業で、前半知識付与的なものをされてから後半ディスカッションみたいなものもありましたし。

これは東大も一橋もそうでした。

一橋はそもそもがビジネススクールの流れを汲んでいるので、ビジネススクール的なスピリッツだったかなと、東大の方も学際的なというところがあるので、議論してヒントを得てという感じでした。



—————大学院でこれは意外だったなってことはありますか?

大学が契約しているツールが結構使えるというのが意外でした。

図書館を検索するツールや論文を検索するツール、あとはDEEP Lの有償版とか。

いい論文を書いている人たちって、そういったツールをうまく使って早めに準備しているものなので、大学のツールを使いこなすのが意外と大切だったんだなーと思います。

M1の頃からもっと使っていればよかったと後悔しています。

使えるよ!って誰かに教えてほしかったです(笑)



—————そういうTipsみたいなものって、誰も教えてくれないですもんね……。苦労したことはありますか?

苦労したことで言えば、一年目に単位を全て取らなければいけなかったことです。

法学系はわりとどこも、修士1年目で単位を取り終えて、2年目は時間を全て論文執筆に費やすというスタイルの人が多いようなんです。

中にはドロップアウトしてしまう人も見かけました。

私はたまたま東大で一年で単位を取り終えてしまったという癖があったので、一橋でもそのノリでやってたからちょうどよかったんですが、やっぱり大変ではありましたね。

あと教授からひたすらに言われたのは、アカデミックの人たちでは気付きもしなかった論点を、実務の視点から指摘して鮮やかに論述し、結果的にアカデミックに貢献することが実務家研究者の役割だと。一橋では常々言われていましたね。



モチベーションを明確にすることが、継続のコツ

—————進学前に戻れるならこうするな、みたいなことってありますか?

大学院に行くべきモチベーションを、色々な人に聞いてみたかったなと思います。

実務の視点からアカデミックに貢献するというモチベーション、視点のようなものは大学院に行ってから知りましたし、諸先輩方の大学院へ行くことに決めた動機をいろいろと聞いていれば、選んだ大学院も違ってきたかもしれないなと思っています。



—————最後に、これから社会人大学院に進学する人へのアドバイスをお願いします。

社会人大学院にトライした諸先輩たちの実体験とか葛藤と言ったものに、いかに多く触れて、自分に合ったモチベーションをもてるかどうかが、大学院をでの学びを継続していく鍵になると思います。

そのモチベーションがもてないと、なんとなく入ってなんとなく単位半分だけ取ってなんとなくやめちゃうみたいなことが起きてしまう。

私は学術的に何かしら自分の爪痕を残したいっていうモチベーションに切り替えられたので、なんとか継続してこれました。



—————確かにみなさん口を揃えて言いますね。最初の動機がなんとなくだった人は、そのあと明確なものに変われば続くんでしょうけど、そのままなんとなくだと結局ドロップアウトしちゃう人が多いと。

閉塞感が嫌で、なんとなく変わったことがしたいという動機だけのままの人は、結構ドロップアウトしちゃっているような気がします。

入り口は全然それでいいと思うんですけど、ちゃんとそこから変容できるかが鍵で。

社会とか学術に貢献するっていうのは、やっぱりロマンがあるじゃないですか。そこに、自分の成長も付随しているというくらいがバランスがいいのかなと自分は思います。



—————貴重なお話を聞けてよかったです。ありがとうございました!






執筆者:aida


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