働きながら学ぶ人を紹介する「先輩インタビュー」
今回は京都芸術大学大学院 学際デザイン研究領域に在学中の室越礼一さんです。
大学卒業後に地元の栃木県那須塩原市に戻ってきた室越さん。ひょんなことから「まちづくり」や「シティプロモーション」に関わることに。ちなみに、室越さんにとってシティプロモーションは「まちに真剣になる人を増やす仕組み」。まちと関わり、まわりを巻き込んで盛り上げていく室越さんが、大学院の門を叩きデザイン思考を学ぼうと思った理由とは?
「シティプロモーション」と大学院進学のつながりについてお話を伺いました。
青山学院大学理工学部化学科卒業。特定非営利活動法人なすしおばらまちづくりプロジェクト理事長。なすしおばらファンクラブ「エールなすしおばら」の企画運営を行っている。那須塩原市商工会東那須野支部長。一般社団法人とちぎマーケティング実践会理事長。I T&I C Tに強い戦略ファシリテーターとしてセミナー多数。
卒業・修了した大学・大学院:
京都芸術大学大学院 学際デザイン研究領域(MFA) 在学中
入学年月日(年齢):2022年4月(49歳)
修了年月日(年齢):2024年3月(51歳)
●「まちづくり」に関わるきっかけは、3分間スピーチ
——— 室越さんはコンサルタント業の傍らで「NPO法人なすしおばらまちづくりプロジェクト(通称:まちプロ)」の代表を務めていらっしゃいます。「まちづくり」と大学院進学が結びついているのがユニークだと感じました。
もともと「まちづくり」に関心があったわけではないんです。まずは、そのあたりからお話しますね。いまは地元の那須塩原市にUターンしていますが、高校生の頃は早く地元を出たくて出たくて(笑)、都内の青山学院大学に入学して東京で4年間暮らしました。大学卒業後に就職した会社では、都内の寮に入る予定だったのですが、蓋を開けてみるとまさかの宇都宮営業所への配属。自宅から通うようにという会社の指示があったため、那須塩原に戻ってきました。
しばらくは「まちづくり」と関係のないことをしていたのですが、平成の大合併の流れで2005年に3市町が合併して、いまの那須塩原市ができたんです。その頃、先輩方が「これから合併に伴っていろいろな会議が増えるから、若手も挙手をして発言できないとダメだ」と公民館に若手20人くらい集めて話し方教室を開いたんです。当時まだ20代の私にもお呼びがかかりました。そこで「3分間スピーチ」の練習をさせられたのですが、今思えばそれが「まちづくり」に関わっていくきっかけの1つなんです。
——— まさか3分間スピーチがきっかけとは...! よほど良い体験だったのでしょうか?
むしろ逆で……。自分も含めて、同年代の先輩後輩がこんなに人前で喋れないのかとショックを受けました。そこからは練習の日々ですね。車にタイマーを持ち込んで、運転しながら目に入ったものについて3分間話すトレーニングを繰り返しました。最初はただ連れてこられた勉強会ですが、それからも参加することに。
あるとき、そのスピーチの勉強会のメンバーの間で、合併の瞬間をお祝いするイベントを開こうという話が持ち上がりました。2005年の年明けから正式に合併となるので、12月31日の夜に花火を打ち上げるカウントダウンイベントを企画しようと。
そのころ、ちょうど私も地域と関わることを何かしたいなと思っていたタイミングでした。少し前に、ボランティアとして地域活動をしている20歳くらいの男の子と友達になって刺激を受けていたのも大きいのですが。そんな折にあったカウントダウンイベントの話。私としてもやってみようと思えたんです。このイベントのために有志のメンバーにより「まちづくり委員会」が発足したのですが、それが私が現在まで「まちづくり」に関わっていく出発点のようなものです。
●まちに真剣になる人を増やす
——— そこから大学院進学を選択するまでには、他にも大きなきっかけがあったんですか?
そうですね。「チャレンジする人を応援するまちづくり」を使命に掲げて、2015年に「まちづくり委員会」のメンバーで「まちプロ」を立ち上げました。
ちょうど同時期に、那須塩原市の市役所にシティプロモーション課という新部署ができて、担当の方がシティプロモーションを委託できるNPOを探しているという話を聞いたんです。そこで「まちプロ」としてプロポーザルに出て、運よく選んでいただけたので、移住体験ツアーなどを企画しました。そこからシティプロモーションに関わるようになったことも進学に繋がる大きなきっかけの1つですね。
——— 室越さんが大学院に出願する際に提出された研究計画書にも「シティプロモーション」の言葉が出てきていましたが、そういった背景があったんですね。そもそもシティプロモーションについてもう少し教えていただいてもいいですか?
日本は人口が減少している成熟社会ですよね。加えて、地方では若者の流出もあり各市町村はどうやって人々に移住定住してもらうか頭を悩ませています。シティプロモーションを語源から紐解くと、「シティ=都市」で「プロモーション=購買意欲を喚起するための活動」となります。つまり、どうやって都市を選んでもらうかを考えることですが、「いい街だから来てね」と言っても人を動かすのはそんな簡単なものではないんですね。
東海大学に河井孝仁教授というシティプロモーション研究の第一人者の先生がいらっしゃるのですが、河井教授は「地域(まち)に真剣(マジ)になる人を増やす仕組み」とシティプロモーションを定義しています。
私は「まちに真剣になる⼈」とは「まちに関わる⼈」であり「そのまちだから活躍できる⼈」ではないかなと思っています。単に給食費を無料にしたり、医療費を無料にして人を呼びこむのではなく、移住した後に地域と関わりながら地域課題を解決に導いていける人、活き活きと活躍できる人を増やしていく仕組みづくりこそシティプロモーションの根幹だと考えてます。
2016年のプロポーザルをきっかけにこのシティプロモーションという考え方に触れ、いまは大学院での学びを通じて、よりそれを深めていこうとしています。
——— 大学院へ進学することを選んだのはなぜですか?
「まちプロ」とは別に、現代アートによるまちづくりの実行委員長を頼まれてやらせていただいていたんです。数年前のことでしょうか。アートにはそれまで関わってきたことがなかったので、どこかで系統立てて学びたいなと思うようになって、大学院や大学をいろいろ探していた時期がありました。そこでたまたま京都芸術大学のFacebook広告が目に入って。さらに調べてみると、デザイン思考を学べるプログラムが大学院にあることを知り、おもしろそうだなと思って。完全オンラインで那須塩原市にいながら学べる点も大きいですね。
経営の世界でもデザイン思考は最近よく耳にします。大学院で体系的に学ぶことで経営だけでなく「まちづくり」や「シティプロモーション」の文脈にも活かせるはずと思ったんです。「まちに関わる⼈」を増やすことで、⼈⼝減の成熟社会でも⼈と⼈とが関わり合い、⾏政に頼ることなく、地域の課題は地域で解決できる社会へ変化すると考えています。そういったことを研究を通じてより深く探求していきたいです。
●学ぶことが好きな人にはぴったりの世界
——— 受験の準備ではどんなことをしましたか?
去年の年末から本格的に検討をはじめたのですが、年明けの2〜3月に必要書類の提出が必要ということで、主に研究計画書の準備を進めました。筆記試験や面接はなかったですね。
あとはこれまでの実績も提出が必要でした。過去に執筆した論文があればよかったのですが、私は持っていなくて。たまたま河井教授が監修する本で私も執筆する機会を頂いていました。年内には出版予定ですが、その本が出ることを実績の一つとして書けたのでよかったですね。那須塩原市は全国のなかでもシティプロモーションの面で先進的なことをしている市の一つなんですよ。
——— 奨学金などは使いましたか?
いえ、すべて実費ですね。とはいえ、入学金が10万円で、年間の学費が36万円なので、月に換算すると3万円ぐらいでしょうか。
——— いま入学して3ヶ月くらいですよね。どのようなスケジュールですか?
同期が56人くらいいるのですが、科目ごとにグループに分かれて、グループディスカッションをすることもあります。淡々と動画で授業を受けて、レポートを提出するものだと思っていたので、そこは驚いた部分でもありますね。ディスカッションが伴う授業の場合は、月火で動画を見て、水木金で個人ワークをし、土日にグループでディスカッションという進め方をしています。ちなみに、グループディスカッションは1年生の前半は基本的にテキストベースで行うように指示が出ているので、Workplaceのチャットでやりとりをしてます。
それ以外のレポートなどは土日にまとめて書いてますね。4月から6科目ぐらい一気にスタートしていて、そのうち4科目はレポートを出し終えたばかりですが、前半にまとめて授業を取っているので結構大変でしたね。
——— 仕事をしながらなので、なかなかハードなスケジュールですよね。どんな人なら大学院生活を楽しめそうですかね。
学ぶことが好きな人にはおすすめですよ。私のまわりには、大学院に行くことを伝えたら「え、今から学ぶの?」という、ある種の拒否反応を示した人もいたんです。そういう人から見ると私は変人扱いでしたが、一緒にいま学んでる同期のなかには、これまで2つの社会人大学院に通って、いまが3つ目という人もいて。学ぶことが好きな人にとっては、授業もディスカッションもおもしろくてしょうがない世界なんだと思いますね。
●久しぶりにあのときの学生生活が戻ってきたような
——— いまのところ、室越さんにとって大学院はどういう場所ですか?
大学を卒業したときに、いつか大学に戻れたらなぁと思ってたんです。それほど大学生活が楽しくて。大学4年生のときはずっと研究室にこもりっぱなしでしたが、仲のいいメンバーと研究しながらもたくさん遊んだ思い出があります。
大学院でも同期と一緒に学びの時間を共有していると、割とあのときの学生気分が戻ってきていて。オンラインですし、皆さんそれぞれの仕事がありますが、切磋琢磨しながら同じ大学院生活を送っている感覚があるんですよ。卒業後も全国に散らばる同期56人とのつながりが生まれると思うと、それはいまから楽しみなことの一つですね。